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2007年 4月 15日


桂林→南寧にきて二日目。ベトナムへ抜けるルートを確保するためやってきた。
南寧はめちゃくちゃ暑い。そしてみんなオシャレ。
109みたいなところが服専門のショップ・モールや百貨店がたくさんあって、渋谷か原宿といったところ。
町もキレイで、誰もごみを捨てたり痰を吐いたりしない。
まるでこれまで見てきた中国とは別の国の様である。
しかも空気もきれいでとても気持ちがいい。

南寧の空

(南昌以来、久しぶりにきれいな雲を見た・・・)
 

南寧は通過点としか考えていなかったが、宿も安いし長居してしまいそう・・・。
 


2007年 4月 13日


12日間いた陽朔を後にして桂林へ。
桂林についてすぐに南寧行きの電車のチケットを取りにカウンターに向かう。

駅カウンター

チケット売り場はいつもどおり超満員。30分以上ならんだあと、ようやく順番になった。さてと、と一歩ふみだしたとたん

「シャアアッーーーーー」

なんと販売員がおもむろに終了の看板を置いてカーテンを閉めてしまった。

「なにーーー!!」

凍りつく我々。猫手を隙間から入れてみるも反応なし。何?何が起こった?理解できずに呆然と立ちすくむ我々。後ろに並んでた人々は、何事も無かったかのように隣の列に流れていくではないか。
なおもあきらめきれずかじりつくように窓口でねばっていると、『営業時間』が目に入った。そう、30分休憩なんやね。そんなもんこんなちいちゃい字↑で書いてあるのに10m以上はある後ろの列から見えるかい!と思うのだが、中国人は誰も文句は言わない。30分後にまた再開するので他の列に並ぶのは得策じゃないと思い、結局30分間同じところで待った。

やっとのことで切符を買い、このために桂林にわざわざ1泊しに戻ってきた大瀑布飯店を見に行った。
この5つ星ホテル、夜8時半になるとホテルの最上階から滝のように水を流すアトラクション?を実施する。
前回の桂林最終日に遠くからみて「なんだこれは!」と思いかけよってみたが間に合わなかったのだ。最初はちょろちょろと流れてきて、だんだん滝になるため思っていたよりも迫力にはかけるが、なかなかおバカな発想でおもしろい。
あんまり近づくとびちょびちょになるので注意。

人工滝 
ギネス認定世界最大の人工の滝!!
 


2007年 4月 10日


陽朔8日目。
8日目にしてようやく少し晴れ模様になってきたので、今しかないと思い漓江のボート観光に出かける。するとボート発着所があるシンピンという町に近づくにつれどんどん青空が見えてくるではないか!!
10日までドミトリーで同室だったイギリス人が『私が陽朔から去ったら晴れたりしてね』と言っていたがまさにそのとおりになってしまった。彼女は10日くらい陽朔で過ごしていて晴れるのをずっと待っていたのだが、晴れないわ寒いわで風邪がなかなかなおらないので香港に旅立ってしまったのだった。あと1日いたらよかったのに、残念!

リ江川下り

彼女には大変申し訳ないが今はこの事態を喜ぶほか無い。



天気絶好調でボートに乗り漓江へ・・・途中見所がたくさんあり船頭さんがガイドをしてくれるのだが、何言ってるのかさっぱりわからない我々。
とりあえずみんなが身を乗り出してまで写真をとっているところでまねして撮ってみたが↑なにかよくわからない。とりあえず、きっと見所のはず。
途中、川の中州みたいなところで休憩があって、揚げ物の串や水など売っていたが値段は安く良心的。帰りのボートでは、オレンジのような果物を買ってしまったため食べるのに夢中でほとんど何もみれなかった。
 


2007年 4月  9日


陽朔7日目。
なぜ昨日のブログはないのか?答えは簡単、ネカフェに入り浸って何もしなかったのだ。

『天気が晴れたらボートで川くだり』と思いつつ待っているのだが一向に晴れない。それどころが微妙に悪くなっている気さえする。
このままでは確実に廃人になってしまうので、今日は仕方なくレンタルチャリで陽朔周りを散策する事にする。
しかし、散策するうちにあることに気付く。
陽朔を含め周辺景色は、湿っぽくないのにやたらもやがかかっており、心なしか息苦しいのである。

そう、広州の景色と全く同じなのだ!!

つまり、『晴れない』のではなく『晴れるわけが無い』のだ。まだ一週間しか滞在してないので確証は無いのだが、同じドミの人に聞くと約2週間は晴れていないそうである。
まわりはかなり緑が多いのどかな景色なのに大気汚染はすさまじいようだ。(そういえば中国に来てから純粋に晴れたのって2日しかないんだよな)

排ガスをいっぱい吸ってへとへとになりながら帰ってきた我々だが、夜にファンタスティック&アメージングな出来事が起こった。

陽朔では毎夜、奇山をバックに600名の幻想的なショー(印象・刘三姐)を催しているのだが、値段も188元/人とアメージング。
ところが、夕食時に知り合ったオーストラリア人から『今からただで見れる場所に行くんだけど、一緒に行かないか?』と言われ『OK!!』と即答。

暗い夜道を歩いて現場に着くと確かにものすごいショーがやってた。
『警察が見回りに来るから気を付けて』という言葉にドキドキしながら見るもあまりのすごさにしばし我を忘れる。

印象・?三姐
※暗かったので微妙な映像ですが・・・

しかし、運悪く見回りの警察に二度目の発見をされる。
見てたのは公道からだし、あやしい事は何もしてないはずなんだけど、なぜかつかまると15日間拘留されるそうなので、それ以上の鑑賞は危険と判断してすごすごと退散。公道なので歩いて散歩しているのはOKだけど、立ち止まって見ているのはダメらしい。もちろん立ち入り禁止区域とかにはなってないので、これってローカルルールなのか?
多いときには40人くらい立ち見客がいるらしく、実際ウロウロしてる人も結構いた。
なんだかんだあったけど、超エキサイティングな夜を久々に過ごした。
 


2007年 4月  7日


陽朔5日目。
今日は昨日のレンタルチャリのせいでオケツがはれあがっているため、無線LANのできるカフェでまったり。
椅子に座るたびに激痛が走り、もぞもぞと体勢を変えてはいるが、痔ではない事をなんとか通行人にアピール。

夜は同室の韓国人の女の子と一緒に夕食を食べに行き、夜市を観察。ちなみに最近は健康のためにインスタントラーメンをやめ、地元のラーメンを食べている。普通の麺と米で作った麺があり、気に入った麺の名前を覚えていない我々はそのつど違う麺をたべることになるのだが、どれもなかなかおいしい。
ブラブラついでに日本語のフォントが使えるネカフェを教えてもらったので明日から入り浸りになるかも。安いボートツアーも教えてもらったのだが、50元(約750円)を出し渋っている自分が怖い。晴れてたら行きたいんだけど(いや、言い訳じゃなくて・・・)、陽朔ってとこがこの季節はいつもこんなところなのか毎日のように雨。それもどしゃぶりとかじゃなくパラパラきてすぐに降ったりやんだりする微妙な天気。でも宿泊費が安いので、ここでちょっと小休止して今後の予定を立てるつもりでいる。

なにせ何も考えず南下して中国の半年マルチのVISAを取得してしまったため、ベトナムからインドネシアまで南下していって再び中国へもどるルートって

オセアニアにはいけないじゃん・・・。

えーい、もう大盤振る舞いで半年マルチVISAを捨てて、東回りの予定をオセアニアから西回りに変更しちゃったりして??などと今更ながら自分の計画性のなさに嘆く。
 


2007年 4月  6日


陽朔4日目。
レンタルチャリで陽朔まわりを探索。周りに険しい山が林立しているので、当然マウンテンバイクをチョイス。しかしシートがめちゃくちゃ硬い。少しでも楽なよう体勢を色々と変え、座高を最低にして乗るというとほうも無く格好悪い姿勢に落ち着く。しかし、時遅くすでにケツは硬いシートのせいで完膚なきまでに破壊されており、座ることが苦痛といった状況になっていた。結局立ち漕ぎで回る羽目に。

陽朔のサイクリングの目玉は月亮山(MoonHill)と名付けられた山(下写真)。

月亮山

ここでも中国一(?)の観光地の勢いは留まるところをしらず、柵の向こうにあるベンチには 

ここから山を撮影する場合 一元/人 

の看板が・・・。人はホントに親切なんだけど、ちょいとがめつすぎやしないか?と思いつつ、柵ギリギリで写真撮影している我々はもっとがめつい・・・。
 


2007年 4月  5日


陽朔3日目。
広州ではひどく暑かった気候だが、桂林、陽朔では一変。捨ててしまおうか悩んでいたフリースをおもむろに引っ張り出しありったけ着るも寒さおさまらず、結局今日はホテルで布団を巻いて寝ることに決定。
中国に来てからほぼ毎日6、7キロを歩いてんだよなぁ。一日くらい休んでもいいじゃん。
そんな寒いならエアコン付の部屋を借りろよって感じなんだけど、ドミに宿泊しているみんなでブルブルしていたらなんか心強い。

ちなみに寝るという選択は我々がぐうたらだからでは決してない。

なぜなら宿は昼間消灯してしまい、窓は通りに面していないので部屋は真っ暗なのだ。つまり寝るしかないって事。
トイレ?勿論便器も便座も排泄ポイントすら見えない有様。
よって持ってきたヘッドランプを装着。まさか中国で使うことになるとは・・・。
 


2007年 4月 3日


陽朔に移動。
桂林と違い周りはカルスト地形の山だらけ。

陽朔街風景



 


おぉ、これだよこれ!!

 



しかもかなり観光地に特化しているのか繁華街には漢字+英語での説明がつけられ、しかも英語が通じる。ネカフェも無線LANできるし、何にしても宿代が桂林の2分の一程度!!
ここは極楽じゃあ〜なんて思ってたのだが、意外と物価が高い。それでも犬並みの嗅覚で安いスーパーを探し当て、生活必需品とおやつを購入。めでたしめでたし。
 


2007年 4月 2日


桂林2日目。
日本の観光地のハイキングでカップルの女の人がハイヒールを履いているのをよく目にする。『場違いなところをデートコースに選んだなぁ』と思っていたのだが、中国はさらに上を行っていた。
今日は町の南にある南渓山というところを訪ねた。

桂林 南渓山

写真のとおりのかなりの岩山なのだが、
中国の方々はなんと革靴とハイヒールで赤い点で示した場所まで余裕綽々と登っていくのである。(途中までは普通の道らしいものはあるのだが、急に岩場だけになる)
しかもスニーカーで足元を武装した我々よりもはるかに早く!!
中国人にとってはデートコースに限界は無い。
 


2007年 4月 1日

山水画の風景で有名な桂林へ・・・のはずが途中までは山水画だったのに、到着したところは都会。しかも陽朔→桂林でがっつり酔ってしまい、ヨレヨレ。
でもまあ例のごとくたくさんの中国人に助けられ、宿も安く泊まれる事になったし売り切れてて食べれなかった卵チャーハンは中学生の女の子に別の店につれてってもらって食べれることになったしで、好スタートとなった。
ブラブラしたけど観光地のわりには物価が安く、色々と買い食いしてしまった。
ただし、観光名所には例外なく(バックパッカーには)法外な入場料が設定されており、泣く泣く外から鑑賞せざるを得なかった。途中バスの中からチェックした陽朔にはネットカフェや安宿がたくさんあったので2日ほどしたら脱出することに決定!!
 

2007年 3月 31日


広州から向かう先は桂林。そう、あの山水画の風景で有名な町である。
安旅には当然電車の硬座で行くのが一番なのだが、あいにく始発が広州駅から出ないのと(荷物置き場の確保がほぼ不可能)2、3日先まで席が無い(13時間ほどたちっぱなし)という状況だったので、泣く泣く高いバスを用いる事にした。
バスが高い為1泊分を浮かそうというセコイ考えから夜11:30出発のバスを選んだのだが、時間があまりまくり。しかし玩具街を発見し、あまりのすごい量と見たことの無いおもちゃに興奮。レアな商品(もちろんコピー)が爆安で山積。

もう世界半周でもいいか!

と一瞬、いや1時間ほど思わせるほどのマニア垂涎の品揃えで、帰りは中国経由で帰ってこようと心に誓う。
その後店も徐々に閉まり、しかも外がとても暑かったため地下鉄ツアーを計画。まあ地下鉄ツアーといってもたんに地下鉄駅の端から端まで乗って往復するという、外の景色も何も見えない地下鉄ならでわの暗くかつ迷惑な行為なのだが・・・。しかしさすが地下鉄、冷房がガンガンきいており風邪をひきそうになって1往復で終了。その後はだらだらとおやつを食べたりしながら時間をつぶした。

いよいよバスの時間。用意されたバスはありえないくらい立派なバスで、水とお菓子がついてきた。今日は色々あって結構疲れたなあ、ということでゆっくり寝ようと思い革張りのシートでうとうとしたのだが、走り出すと一変。
よく、スポーツカーとか高級車はドイツのニュルブルクリンクというサーキットでテストして鍛えられるらしいのだが、そのコースよりも中国の高速道路でテストしたほうがいいんじゃないのか?っていうくらい激しい道路だった。まあ結局爆睡したんだけど。
 


2007年 3月 28日


広州3日目、曇り。
そういえば広州のイメージはいつも曇りである。
これでは香港100万ドルの夜景の時に発揮した自称晴れ男の面子が台無しである。
気を取り直して広州の繁華街をうろつくことにする。
にしても昼間なのに暗い。
ふと遠くのビルを見てみると、

広州の空

 


おお、イリュージョン??

 

 

無論天気のせいもあるのだが、50メートル離れた建物が霧がかったように見える程、広州の大気汚染はすさまじいようだ。
宿の居心地がいいので、少々延泊しようと考えていたが、このままではただでさえ伸び気味のMy鼻毛の育毛要因となってしまうので、早めに移動するようプランを建てることにした。
 


2007年 3月 27日


経済的にマカオの高物価に耐えることが出来ず中国本土に逃げ出すことにした。香港にいるときはあんなに戻ることが嫌だった中国にこんなに早く戻りたくなるなんて・・・。バスを乗り継いで起点広州に。

ただいま。

夜も遅く、以前満室で泊まれなかったユースホステルに向かうが無情にも断られる。しょぼしょぼ歩いていると客引きのオヤジにつかまり、一応値段を聞いてみると安宿があった!!すぐ近くだからと言われオヤジについていくと、車がビュンビュン飛ばしている横断歩道の無い片道3車線ほどの大通りをぐんぐん進んでいく。

それって近くないやん。

信号もないところを突っ切るため、轢かれそうになりつつもオヤジに着いて行く。なるほど、こうやって渡るのか!!道路の横断もかなりうまくなったと思ってはいたが、このオヤジほど華麗なステップはまだまだ踏めない。

やっとこさで宿に到着。オヤジにあらかじめ「120元しかない」と宣言していたのだが、宿の主人はオヤジに「うちは130元だっていってんだろうが!」と怒る。負けてくれるよう頼んでも聞いてくれない。いつもなら断わるところだが、疲れていた為「香港ドルで払う」と言うと許してくれない。いつもなら出て行くところだが、疲れていた為ジャリ銭を出し、「元はこれだけしかないんじゃ」と言って無理やり香港ドルを握らせた。

ブツブツ文句言われながらもようやく部屋へ入ることが出来、荷物を置いてとりあえず近くのスーパーに夕食を買いに行く。
物価の安さに涙が出そうになる。が、南昌時代からあたためていたインスタントラーメンが邪魔で、結局調理用の水を購入。
 


2007年 3月 26日


ガイドブックにはマカオのカジノは一般大衆でも入場可能であり、スロットなら2HKドル(約32円)からでも賭ける事が可能らしいので、とりあえず様子を見るために潜入する事に(潜入時のカジノ投資予定資金:20HKドル)。中はとてもゴージャスでフロア一面にブラックジャック?とかカードゲームの台が並んでいた。そして一角のステージではなにやらゴージャスなダンスをキレーなオネーサンが披露していた。(のちにそれはオカマだと判明)

賭け台に座っている人は、映画で見るようなラスベガスでのゴージャスな格好・・・ではなく街中で良く見るフツーのおじさんおばさんであり、カジノ参加者が台に置かれているゴージャスな水入りペットボトルを取っていった姿を確認した。

これまでの人生で、入場料=タダ+ゴージャスなダンス=タダ、そういった場所でのペットボトル入りの水=タダといった数式を経験したことの無いので、水がタダでもらえるという考えになかなかたどり着くことが出来ず、とりあえず賭け台を探すフリをしながら水を取った。ゴクリ。な、何も言われないじゃないか!

水=タダなんだな!

ようしそれじゃあ、とたらふく水を飲む。

その後色々と見学するのだが、ルールがまったく分からないので賭けようがなく、『ラスベガスでは10ドルはかけよう』と心に誓い、今回は撤退することに。(よってカジノ投資資金20HKドルは次回に繰越し)

とりあえず水=タダということは知識は得たので、帰りがけにもう2本Getした。
 


2007年 3月 25日


物価こそ高かったものの、人々の雰囲気も良いし、とても住み心地良かった香港を離れ、マカオに向けてフェリーで出発。到着時のマカオの天気は晴れ、気温も丁度いい感じの暖かさだった。ついたそうそう、F3 マカオグランプリのコントロールタワーを見つけて大興奮!都会のレベルとしては香港よりも少し見劣りする感じなのだが、香港と同レベルに物価が高い・・・。

地球の歩き方にのっていた安宿を探すも30%ほど値上がりしていてめちゃくちゃ高かった。何件か聞いてまわるもどこも高く、いきついたのが東方賓館という宿。宿のおばちゃんはなかなか親切で、部屋はボロイけど抜群に安い値段を考えたら、室内も広いしなかなか。

天井も画期的な一括管理の空調システムを搭載!!

そう、ここは普通天井にまであるべき仕切りが途中で途切れており、隣の部屋とはツウツウ。隣部屋に人が来るといいな〜と思っていたら、「Too durty!!」という叫び声が。え?あ、そう?意外に我々満足してたんだけど・・・。
かなりキツかったみたいで、翌朝早々にいなくなってた。

空調システム
※これが最新型の空調システムだ!!
   


2007年 3月 24日


なんだかんだで4日も香港に居座るとは思わなかった。(いごごち最高)
とりあえず、マカオ行きのフェリーの切符を購入しに行く。明日で香港ともお別れと思うと少し名残惜しいが、物価が高い香港は我々貧乏旅行者の懐にとっては痛い・・・。マカオも痛いんだろうけど。
最後の晩なので、山の上(ヴィクトリアピーク)から、かの有名な百万ドルの夜景を見る事に。香港の天気は曇り、午前には時折雨といった天気だったが、自称晴れ男の力を信じて対岸の香港島に渡った。

香港夜景1






ダメかも・・・

 



ランドマーク ビルのてっぺんが周りの低い雲のせいで灯台のようにひかっている。
しかし、自称晴れ男の真の力を信じケーブルカーへ乗る。

香港夜景2





やっぱダメかも・・・

 


頂上近くは雲が立ち込めていた。しかし、(自称)晴れ男の最後の力を信じ展望台へ向かう。
さぁ、これが香港の100万ドルの夜景だ!!

香港夜景3

 


・ ・ ・ 。

 



せめて少しでも見えればと思って目を凝らすが10メートル先も見えない超濃霧。
仕方が無いので、売店で売ってる100万ドルの夜景の絵葉書を鑑賞する事で我慢することにした。もちろん買えない。
 


2007年 3月 23日


香港3日目。朝マックならぬ朝吉野家に行く。香港の吉野家は朝(〜11:00)、夕(3:00〜6:00)に格安メニューが用意されており、その中のひとつ牛丼ラーメンなるものを食べた。
即席ラーメンに牛丼の具を乗せて食べるのだがどうにもこうにもおいしくなく、結局牛丼はご飯に乗せて食べるのが一番であると再確認。
レゴ偽もの

その後ホテルにおいてあった『地球の歩き方』を参考に香港の秋葉原と称される電気・おもちゃ問屋街に行く。
おもちゃ問屋街はコピー商品でひしめいており、レゴやガンプラが数限りなくあった。中国人には日本語のカタカナやひらがなの区別が難しいらしく、日本の会社名の「ゴンゾ」が「ゴソゾ」になっていたりする。注意書きもかなり出鱈目で、いったい何をいっているのかよくわからないやつもあった。でもちゃんと日本玩具協会の承認マークであるSTマークもついてたりする。もちろん日本にはない漢字で。
※画像をクリックすると拡大します


日本人に校正してもらうコストまで削減せんでもいいと思うのだが。ありえないくらい安いんだし。
 


2007年 3月 22日


香港2日目。旅行代理店に中国のビザを申請しに行く。
香港での中国ビザの取得は安い&取りやすい。日本で申請した場合、商用に限定され、取得が難しい半年マルチビザをたった1日で簡単に取得できる。かかった費用は450HK$で日本で旅行代理店を通して取得するときの3分の2くらい。

申請の足で九龍市内をぶらついていると、センチュリー21の看板が。
老後を香港で過ごすのもいいなと思い物件を見ると

格安物件!!800万!!

おぉ、マンション外観は結構古っぽいが日本と比較するとなかなか安いなぁ・・・ん?800万HK$?約1億2千万円!?(1HK$=15.6円)
まじで??単位は円じゃないのか??香港のマンション物件は5千万以上が相場なのか?
夢は五分で砕かれた。
 


2007年 3月 21日


広州のYHがとれなかったので、そのまま香港へ。電車での体験が強烈だったので香港の清潔さには泣きそうにうれしかった。
だってみんな道端で痰吐いたり、ごみ捨てたりしないんだぜ!!

香港夜景

本土にくらべりゃあ便器だってなめれるんじゃないかっていうくらいのキレイさ。ああ、幸せ。
昨日からなにも食べてなかった我々は、吉野家を見つけるなり滑り込んだ。一時はマクドとともに主食であった牛丼を食べた。中国に来てからろくなものを食ってなかったせいか、旅行を始めてからの食べ物で一番うまかった!明日から毎日吉野家な予感。
 


2007年 3月 20日


硬座のおそろしさが初めてわかった記念日。

中国の列車には距離にもよるけれど、硬座と軟座、硬臥(寝台車)、軟臥(寝台車)というのがある。日本でいうと硬座が新幹線の普通車両で軟座がグリーン車両みたいなもんなんだけど、上海→南昌間の硬座がわりと快適だったため、今回も硬座をとってしまった。(硬座が一番安くて、貧乏な我々の懐にやさしい)
が、それがそもそも大きな間違い・・・。乗る前からすでに悪い前兆が・・・。

『地球の歩き方』なんかには乗車1時間前には駅についておきたい、なーんて書いてあるのだが、3時間半前についたのにすでに待合室は人であふれかえっていた。

南昌の駅

しかも上海駅とは比べ物にならないくらい

汚い!!

なんで汚いかって言うと、みんなが痰をそのへんにまきちらし、食べかすをポイポイ捨てるから。若いおねえさんが怒涛の勢いでバナナを一房食べたかとおもうと皮をポイッ。オサーンがひまわりの種をリスみたいにカリカリかじっては皮をペッ。ガキんちょも大人にならって、食べかすと唾を口からブッて吹き出す始末。

心の中でありとあらゆる悪態をつきながら待つこと3時間、やっとこさ駅ホームのゲートが開きました。いったい何いれてんの?っておもうくらいの巨大な荷物をもって自分の車両に向かって各員猛烈にダッシュ。荷物置き場確保のためなので、我々もイッキに戦闘体制へ。踊るようにして飛びだしたものの、開いたゲートから一番近い車両は16号車。我々の車両は1号車。いきなりくじけそうになりながらも、「この荷物置けへんかったら死ぬ」と心の中で誰かに宣言しつつ、つんのめってこけそうになってる中国人たちを酔拳のごとくかわしてなんとかたどり着き荷物を置くことができた。

やったぁ・・・わしはやったで・・・

ゆうゆうと席につき、iPODを聞きながら寝て3時間ほどたったとき・・・
ん、なんか騒がしいぞ??と思って目を開けたら、乗るわ乗るわ、後から乗ってきた人で席と席の間(通路)があふれかえった。そしてまたまたさっきの、ペッ。カリカリカリ、ペッ。くちゃくちゃ、ブッ。

おお、これは完全なる無法地帯ではないか。

でも中国人は知らない人同士でもすぐに仲良くなってしゃべりまくり、大盛り上がり。トイレにもいけねぇじゃん、後10時間どうすんだよって思ってたら、みんな人をかき分けていくんですわ、コレが。しかも人一人通るのがやっとのこの状況下でも車内販売のワゴンが人を押しのけて強引に売りにきた。状況見て車両手前で引き返せよ!!
最初は周りに遠慮してたおとなしい僕たちも、後半は「どけ、ゴルァ!!」と人をかき分けながらトイレにいってた。
散々文句言っておきながら、安いからまた硬座とっちゃうんだろうなぁ。

 


2007年 3月 19日


昨日なかなか激しかったので、最初におばちゃんに紹介してもらったホテルへ。
フロントの女の子の、「昨日は高いからって泊まらなかったのに、今日は泊まるんだ〜」という冷ややかな視線をうけつつ、勇気をだして「一番安い部屋に泊まります」って言ったのに、昨日のことがあるからか「びた一文まけらんねーよ」と言われてしまった。
多少英語が出来る女の子に対応してもらい、やっとこさ荷物を預け、近くにある世界遺産 廬山風景区へ行った。

遠距離バスを2回乗り継いでやっとこさついたら「入山料135元×2よこせ」と風景区手前の検問で徴収される。「高いけど仕方が無いか」と泣く泣く支払い、先に進むとそこは雪がうっすらと積もり雨が降る極寒の地。ダウンなどを着ていない我々はバスを降りた瞬間、「270元を捨ててでも帰るか」と本気で思った。しかし、ホテル代よりも高額な法外な入山料にはやはり勝てず、写真を270枚くらい撮って、もとを取ったると意気込み辺りを散策した。・・・が、あまり撮るものが見当たらない。結局50枚程度しか撮れず帰途に着く。
金銭的,精神的,肉体的にボロボロになりながらようやくホテルにたどり着くと更なる試練が待っていた。ナント

預けた荷物を返してくれない。

朝フロントにいた、英語のちょっと出来る女の子がいない!言葉が通じないから、電子辞書に喋ってもらったり絵を書いて説明するものの、返してくれない。どうやら荷物を預けたんなら預かり証があるだろっていう。たしかに普通くれるんだけど、くれなかったんだよな〜。こんな普通のホテルにでかいバックパックを預けてるのは我々だけだからってことでくれないんだと思ってた。
そしたらフロントの女の子がみかねて300元払ってくれたら返すって言う。300元??宿泊費が138元なのに、300元って、300元ってナニ・・・。そんなの払エマセンってゴネていると、英語が話せるというホテルマンに電話してくれた。

猫 「今日預けた荷物を返してほしいんですが」
ホテルマン 「荷物なんて預かってません」
猫 「いやいや、今朝預けた黒のでかいバックパックです」
ホテルマン 「だからそんな物ないですって。荷物自体ありませんよ」

な、な、なぬー!どういうことだよ、え?返せよ荷物!!なまっている上に、たどたどしい英語で何言ってるかさっぱりわからん(泣)
ってことで、またまたフロントと交渉。
荷物あるよね?絶対あるよね?返してくれなくてもいいからさ、チラッと見せてチラッと・・・。散々絵を書いて、ようやく理解してもらい荷物をチラッと見せてくれた。あるじゃん!それそれ、それよ!でも荷物は再び笑顔のフロントマンによって奥のほうへしまわれていった。

はい、ザンネンお預け。

そのうち、宿泊客もたくさん集まってきて、みんな我々の言っていることを理解しようと親切に声をかけてくれるんだけど、まるで会話が通じない。そしたら、先ほどから中国語でわあわあ言ってたオヤジが、渾身のジェスチャー。ああ、なるほど、そういうことか!!(ピカッ)
この300元はデポジット(保証金)なんやね、明日返してくれるんやね?っていったら、自称英語の出来るホテルマンが、「ああそうそう」って。だったら最初っから言えよ!さっきは300元は返さないっていったじゃん!はぁぁー疲れた・・・。

でもホテルの人もお客さんもめっちゃいい人達で、最後出て行くときは全員笑顔で「サンキュー」と言ってくれた。今度、南昌来たらまた泊まるからね〜。
 


2007年 3月 18日


『地球の歩き方』にのっていたホテルを探していたけどなかなか見つからず、雨に打たれながらしょんぼり歩いている濡れ猫に通りがかりの人が声をかけてくれた。
どうやらそのホテルはすでに潰れたみたいで、近くの別のホテルを紹介してくれた。そこも大体同じくらいの値段だったけど少し高く、交渉してもまけてくれなかったので通りがかりに見た近くの安宿へ。

まあちょっと、和式のトイレの横にシャワーがついているという変わったユニットバスでアレな感じだけど一応泊まることに。しかし最初50元っていってたのに100元札だしてもなぜかおつりを返してくれない。こっちは死活問題なので、ものすごい剣幕で「釣り返せごらぁ!」って言ったけど英語が通じず、筆談で交渉。おやじもやってきて、なんとかお金を返してもらえました。どうやら2人宿泊するってのを2晩宿泊すると勘違いしてたらしい。おばちゃんごめん。とっても愛想のいい人なのに。

まぁでも2晩とまることにしなくてよかった。ホントに・・・。お出かけから帰ってきたとき、部屋の鍵はもらってなかったので、朝のおばちゃんを探したんだけれどみつからず、フロント前の管理人室らしきドアをノックし開けようとした瞬間、スーツに黒シャツ、金ネックレスという映画とかで見たことのあるようなヤク○さんみたいなおじ様が携帯を持って飛び出してきた。部屋にはタバコの煙もうもうの中でマージャンをしている怖そうな男たち・・・。フロント前の空きスペースでマージャンをやっている人とは明らかに柄が違う・・・。

何これ、デッドオアアライブ?哀川翔??

「何も見てません、見てませんから殺さないで下さい」と心の中で合唱しながらフロントに逃げ帰ると、フロントのとこでマージャンやってた一人がホテルのおばちゃんだとわかり、部屋を開けてもらった。
ソッコーで鍵を閉め、チェックアウトまで部屋を出るまいと誓い、念のため

ハサミを枕の下に隠した。

部屋はまあまあキレイだし、暖かいお湯もポットにいれて持ってきてくれたんだけど、暖房がないので寒い。日本と同じくらいの気温かなーと思ってたけど、雨ふったりで外はめちゃくちゃ寒い。いろいろあったしシャワーはいってとりあえず温まるかあ、と思って入ったものの途中からお湯がでなくなった。体の芯から冷え冷えで、ありったけの服を着込んで布団にはいったけど、だんだん意識がトオノイテイクヨウナ・・・。
やべぇ、部屋で遭難するじゃねーかよ。ペットボトルに先ほどもらったポットのお湯を入れて簡易湯たんぽにし、なんとか無事朝を迎えることができました。
 


2007年 3月 17日


南昌行きの列車にのるために、上海駅へ。
そこはもう空港ですか?っていうくらい立派&でかい。オリンピックに万博にイベントのため急ピッチで開発が進んでいる様子。そういえば北京オリンピックを意識してか、上海の町には警察官がいっぱい。必死で交通の取り締まりをしている。上海駅でも、交通事故でお亡くなりになった人の生々しい映像なんかがうつっていて、歩行者に飛び出し注意を促していた。

でも車にも気をつけてほしいんだもん。青信号で渡ってても右折、左折の車はそのままとまらずにつっこんでくる。そういう交通ルールなのか??

今のとこ人も車も信号を守ってるほうが珍しい感じ。

2回ほど轢かれかけて思ったのは、このままじゃオリンピックには間に合わないかもなってこと。地元の人はみんなうまく渡ってるけど、オリンピック見に来た外人は何人死ぬのかなーと思わせるような激しい交通事情だった。
 


2007年 3月 15日

上海到着!!YHに行く途中、船で同室だったカツさんに出会う。
そのまま一緒にYHへ。わかりにくい場所にあって散々迷ったがベテランバックパッカーのカツさんの語学力に助けられ、なんとかたどり着いた。
なんと彼は明日上海を出発して昆明までいくらしい!
4人部屋のドミには、上海に就活にきていた中国人の武君が一緒だった。武君は日本語も英語も話せるから夜遅くまで色々と話した。ドラゴンボールもガンダムを知らないって。中国でもすごーい人気なのになぁ。読み方ちがうのかなあ。なんでだろ。
 

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