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2007年 11月 22日


日本到着!!

いやー、日本の空は青い!大阪ってかなり微妙だと思っていたけど空気がウマイなあ。

南港
南港ってこんなに空キレイだったっけ?

ということで、日本へ一時帰国しましたので、お暇な方はご連絡下さい。日本でやり残してきた手続きが意外とたくさんあったので、2週間だけ滞在する予定がほぼ1ヶ月となってしまいました。飯でもおごって下さい。ご連絡お待ち申し上げております!!
  


2007年 11月 20-22日


今度は蘇州号で日本へ

蘇州号
しばらくのお別れ・・・

前回来た時は新鑑真号で来たのだが、船の出港日の関係で蘇州号にのることになった。船は新鑑真号よりちょっと小さく感じるが、中はなかなかキレイ。人も少なく快適。ただ、新鑑真号と違って一番安い部屋は大部屋の和室だが男女別。しかも女性部屋は男性部屋の半分ほどしかない。

蘇州号は往復チケットを買うと帰りの分は半額になるのだが、さらに友の会の会員になると4回乗れば、5回目は25%オフになる。すごーくオトクなのだ。新鑑真号にもあるのかな?

行きは揺れなかったのだが、今回は結構揺れていて酔いまくり、ほとんど何も食べられなかった。日本についたら、一番最初に食べるのは・・・やっぱり回転寿司かな・・・天下一品かな・・・それともネカフェのカツ丼か?うーむヨダレがでるぞい。
 


2007年 11月 19日

 
日本へ一時帰国
 
本当はラサ→ネパールへエベレストB.C.経由で抜けたかった我々なのだが、ランクルもみつからないし、体調も悪いし、カメラ2台とパソコンのDVDの調子が悪いし・・・と色々重なったため、日本へ一時帰国することにした。結局VISAの延長に時間がかかり西安には7日間もいたのだが、ネコは熱が下がったには下がったのだが、今度はリスの調子が悪い。

上海ナイト上海ナイト2
久々の上海の夜

一旦帰国することにはかなり抵抗があったのだが、決めてしまえば案外あっさりしたもので、日本に帰ったら電化製品何買おう〜などと考え中。船が明日出るので、今回も上海はあまり見ることができない。が、上海に来て驚いたことがある。我々がこの旅ではじめて降り立った8ヶ月前は、原チャがみーんな信号無視していた。もちろん車も赤でも右折は容赦なく曲がってくる。なのに今回はみんな赤信号でピターッと止まっているのだ!オリンピックまで1年切ったからなのか?

すばらしい!

ビクビク
とはいうものの、やはりビクビク
 


2007年 11月 11日


再度、西安

えーと、前回西安に来たのはいつ頃だっけ?
当時は再び西安に来るとは思っていなかったが、改めてラサとは違う空の色に唖然。ここの住民が青空を見る日は1年に何回あるのか?10m先にある電柱がかすんで見える。

西安の空
滞在した中では一番晴れていた日の太陽
 
そして・・・体験!!西安の病院

旅行保険キャッシュレスで受けられるということで目指したのは、西安の自治区病院。
前回のラサの病院で若干不安があったため、出来れば病院には行きたくなかったネコ。が、熱は引いたものの、頭痛がずっと治らない。もう頭痛薬も効かなくなってきたのだ。そのため、保険会社が雇っている北京の医師に現在の状況を伝え、大丈夫そうだったら病院へは行きたくない、といったのだが、「聞いただけでは分からないので、西安の病院へ行って診察を受け、その担当医師から症状を聞く」と言われてしまった。
西安では最大(?)の病院ということでラサよりはましだろうと思いそれなりに期待していく。
が、医者は殆ど英語が話せない。かわりに若い看護師のおねーさんが通訳してくれた。色々と症状を訴えるものの、とりあえず血液検査してこいと言われる。

ネコは日本の病院でも、看護師さんに『抜きにくい腕してるなぁ〜』と言われるほど抜きにくいらしく、手の甲から抜かれることもしばしばである。今回この病院で担当してくれたのは、まだ20歳そこそこの若いおにいさん。『熟練してなさそうだけど、果たして抜けるのだろうか?』と思っていたのだが、あまりネコの腕を確認しないまま、アル綿で消毒。ディスポの注射器セットを取り出し、手をヨードで消毒(よ、よかったぁ)、プスッと刺す。が、案の定抜けない。血液がぜーんぜん入ってこないのだ。
どうやら血管に当たってもないらしく、針を刺しっぱなしで血管を探る・・・

グリグリ、グリグリ、グリグリグリグリ

痛てえよ、このヤロー!!
いてぇ

反対の腕でやりなおせよ!見るに見かねた別の看護師さんがやってきて、手を消毒しないまま針が刺さっている部分を押さえ(ひえぇ)、再びグリグリ、グリグリ・・・。結局ちょびっとだけ(0.5mLほど)抜いて、終了。こんな量で検査できんの?
血液検査の結果は、普通だった。診察室に戻ると、ネコの順番なのに患者が次々と割り込んできてなかなか受けられない。しかもみんな、ネコが日本人だということで珍しがって診察室には10人くらいの患者と付添い人が・・・。医師は診断結果を告げてくれず、薬だけ処方してくれた。

もらった薬は大量で、『強力○○』とか、なんかキレイなビンに入った黒い玉とか色々。

結局病院へいった二日後、高熱を出して寝込むこととなった。
 


2007年 11月 10-11日


初めての硬臥

高山病の影響で西安の病院にいく事になった。使用したのは鉄道の硬臥。臥というのは寝台列車の事で、高包(2人/パーテーション)、軟臥(4人)、硬臥(6人)と3グレードが存在し、硬臥は一番下のグレードになるのだが、普段我々が利用している(というかコレしか利用したことが無い)硬座の2倍近い値段がする。今回、ネコが病人&30時間以上の長旅なので初めて硬臥を利用する事にした。

今までは、中国の鉄道乗りたくねぇーという位、乗る前も乗っている間もウンザリしていたが、今回は乗る前からワクワクしていた。

そしていよいよ、普段は入ることの無い硬臥の車両に乗り込む。

うわー超キレイ!!

ラサ→ゴルムドの鉄道が去年開通したばかりからか、車両も新しく非常にきれい。しかもパーテーション脇の廊下には座席も設けてありそこには大きい窓が・・・。なんなのこのセレブリティは!!

カットフルーツや弁当などを売りに来るのだが、硬座とは値段が違う。が、病人であることを口実にメロンなどを購入し、食す(ちなみに5元。硬座の弁当と同じ値段!)。大事にとってあった小説を読み、持ってきたコーヒーを飲みながらのんびり。いやー、じつに快適。「世界の車窓から」ってこんな感じだったよねー、うんうん。

青蔵鉄道の車窓から青蔵鉄道の車窓から
景色は最高にいい!!
 
快適!!
プチセレブの気分
 
が次の日、隣の車両の硬臥に乗っていたチベタンの若者集団によって、わが車両は水浸しになってしまった。何を流したのか詰まりまくった洗面台で顔を洗い、すでに溢れている洗面台にみんな並んでいるのに割り込み(硬臥に乗っている中国人は割り込まない!!)、『オーマイガッ!!』と叫びながら次々に使用。おかげで我が車両の半分は水浸しに。

乗務員さんが通路に大量の『寝台用シーツ』をひいて水を吸収するものの、じゅうたんなのでなかなか乾かない。洗面台は3つとも封鎖。硬臥の一番下に荷物を置いていた人は最悪であった。

っていうかそのシーツ・・・やっぱり洗って使うんだよね?
 


2007年 11月 7日


ポタラ宮

ラサに来てここに行かずにどうする?という感じの世界遺産ポタラ宮。入り方が超面倒臭い。1日に入場できる人数が制限されているので、前日にポタラ宮の脇にある予約券渡し所で予約券を貰うのだが、その場所の発見が意外に難しい。

ポタラ宮ポタラ宮内側

体力が大分回復し、足の子持ししゃもも子持ちじゃなくなってきたので、予約することにした。お金は見学する当日払いとのこと。
ポタラ宮にいってみると、入り口でお金を払うのではなく中で支払うらしい。支払いは宮殿内部を見るときに支払う。そのため、宮殿内部を見ないのであれば、敷地へはいるのはタダ。
宮殿内は特に興味がなかったらスルーしてもかまわないかな、と思う。敷地はとっても広いので見ごたえありだった。

5体投地

ただ、ポタラ宮の前で五体投地しているチベタンは、なぜかみんな歩道ではなく車道にでてやっているので、ちょっと危ない。段差があるからやりやすいの?
 


2007年 11月 3日


体験!!ラサの病院

アリから約26時間の移動を終え、すぐに病院に向かう。ネコの調子はタルチェンから若干回復していたものの、まだ熱があった。顔の腫れはちょっと太った人、レベルに落ち着いていたが今度は足が子持ししゃもみたいになっている。相変わらず具合はあまりよろしくない。

キャッシュレスで受けれるように手配してくれているというので、半ば安心しながら病院の門をくぐると、待ち受けていたのは漢語とチベット語のみで書かれた受付。『本当にキャッシュレスとか分かるのかなぁ』と一気に不安になりながら受付の人と話す。

ネコ『すんません。さっき保険会社から連絡が入っていると思うんですが』
受付『ティンプドーン!(何言ってんのかわからねぇー!)』
ダメだ、英語が通じない・・・止む無く漢字&身振り手振りで診察を受けたい旨をついて説明する。なんとか診察を受けるという意志は通じたようでカルテを貰う。が、ここで問題発生。キャッシュレスのはずなのに何故かお金を請求される・・・又身振り手振りで説明。結局キャッシュレスについては分かってくれず、お金を払い診察することにする。

医師は、片言の英語でレントゲンを撮るよう指示。が、ここでもレントゲン撮影料を払ってからじゃないと撮れないと言う。とりあえず待ち時間の間に保険会社に電話すると、

保険『うちの中国人スタッフが再度病院と連絡を取っているので、キャッシュレスで受けてください。英語が通じないようでしたら、診察室で先生とうちの中国人スタッフとネコさんとで三者通話で状況を説明しますから、電話をかけてきてくださいね。』

うーむ、なかなか頼もしいではないか!!
ということで再度受付へ戻り、保険会社に言われたとおりに、自分は日本人であることと名前を告げ、キャッシュレスで受けたい旨を申し出る。が、しかし

『金、払って。金、ね。』

うーむ、一体どうなっとんじゃ。でも保険会社は出来ればキャッシュレスで受けてくれたほうが手続きがスムーズなのだ、というようなこと言ってたしなあ。
困って廊下をウロウロしていると、先ほどの医師にバッタリ会う。

『さっきから何分経つと思ってるんだ?さっさと検査しないか!

はい、すんません、ちょっと取り込んでるんで。

『早く金払って来い、金。今日は土曜日だから午後は休み、私には昼飯の時間があるんだけどね。』

すみません、先生そんなに機嫌悪くならんといて下さい、お願いします。

とりあえず自腹を切ってレントゲンを撮影してもらう。つーか、キャッシュレスで受けないといけないほどの金額ではない。面倒な手続きがいるなら請求しなくてもいいんじゃないか、というほどの金額。超安ぅい。

レントゲンを持っていくと、先生はタバコを吸いながら患者と談笑。しかも診察室には電話はない。再度『今日は土曜日だよ?もうランチだよ?』と怒られながら、診てもらうと肺には異常なかった。熱があることも告げたのだが、体温を測られることもなかった。
『さっさと西安などの低地へ移動するように』と言われ、診察は終了。

薬をいろいろと出してもらって、帰ってきた。とりあえずお茶やレッドブルをガバガバ飲んでザバザバ出すことに。
 


2007年 11月 1-3日


ラサへ!!

タルチェン→アリのバスドライバーは『ラサ行きのバスは明日あるよー』なんて言ってたが、11/1にバスは無かった。信じて乗ったのに・・・この野郎!!
ちなみに、シガツェ行きのバスはいまだにアリで客集めのために市内をうろついていた・・・この野郎!!

本当に西チベットのバス稼業はこの時期、信じられないくらい値段が高いくせに、信じられないくらい適当・・・この野郎!!

とりあえずラサ行きのバスが翌日(11/2)まで出ないらしい。でも翌日になっても客が集まらないと出ないんじゃないの?という不安に駆られ止む無くランドクルーザーを探すことに。

運よく、宿のおやじがランクルを紹介してくれ乗ることが出来た。
ランクルの荷台で、混み混みで出発。果たしてラサまで耐えられるのか、ネコ!

ランドクルーザー
意外と快適だった最後部座席というか荷台
ちなみに後部座席(真ん中)は値段が高いくせに4人ぎゅうぎゅう詰めに乗らされてて悲惨そうだった
 


2007年 10月 31日


ネコピーーンチ!!

バスが来なかったのを嘆きながら就寝した翌日。朝起きたらなんとネコの顔が変形していた!!
起きた時、なんか目が開かないなあと思いながら鏡をみると、オウ○真理教の尊師みたいな顔になっている。一生この顔のまま治らんかったらどうしよう、とあせりにあせって保険会社に電話し、一番近場の病院を探してもらうことにした。
高山病の影響なのか、はたまたアリにいるときに大きな口で果物にかぶりついた際に切ってしまった口の端から化膿したのか、どちらか分からない。

アセっていたわりには、

デブ猫
「100キロ太ったらこんな感じになるのかな〜。ぽちゃかわ?」

などと考える余裕があった自分が怖いのだが。すでに元に戻らなかったときの事を想定し、
「このまま戻らなかったら、太ったと思ってあきらめよう、いや、むしろこっちのほうがカワイイのかも?」
などと前向きに考えていた。が、もちろん治るに越したことはない。

早速、海外旅行保険会社に連絡して指示を仰ぐ。

ネコ『すんません、顔が、顔が変形してるんですけど!!』
保険『そうですか、じゃあラサの病院まで来てください』

てな感じでラサの病院で診察を受けることに。
ラサより近いアリにも病院があるのだが、できればラサまで行ったほうがいいという事で、シガツェ行きのバスを予約してもらう。タルチェン到着時刻は昨日と同じく午後5〜6時。

で、昨日(30日)見事に予約したバスが来ないと言い当てたおばさんに、もう一度確認しに行く。

『今日はシガツェ行きのバスなんか無いよ

えぇーマジで!?だって2日連続で予約してるんだよ?
いつもならバスの遅延などあまり気にしない我々も、今回はネコがピンチなので余裕をこいていられない。しかもネコは顔が腫れているだけでなく、熱がでてフラフラなのだ。もう一度保険会社に確認する。

『今日は確実にバスが出るそうです

本当かなぁ・・・とりあえず待つことにする。

午後5時。バスが来る気配は無い。
バスのおばさんにもう一度確認する。

ネコ『今日シガツェ行きのバスは無いの?』
おば『今日はバスは無ぇ

いよいよ不安になってくる・・・と、反対側(アリ)行きのバスが来た。アリ行きのバスのドライバーが言うには明日(11/1)アリからラサ行きのバスがあるそうである。
ひょっとして来るか来ないか分かんないシガツェ行きのバスを待つよりアリ経由でラサまで行った方が早いんじゃないと思い、とりあえず保険会社に、本日のシガツェ行きのバスの有無を最終確認する。

ネコ『バスが来ないんですけど、本当に今日バスは来るんですよね?』
保険『確認しますので少々お待ち下さい・・・なんか今アリで運転職員の給料が未払いとかで職員
   と上司がもめておりまして、まだアリを出発していないようです』
ネコ『えっ?じゃあ何時に来るんですか?』
保険『タルチェンへの到着時刻は午前1時頃になるそうです』
ネコ『えっ午前1時ですか?それって本当に確実に来るんですか?』
保険『・・・確実に来るそうです

昨日もそう言ってすっぽかしたバス会社のことである、信用できるわけが無い。しかも真夜中にくるなんて・・・。そう考えた我々はアリ経由でラサ入りする事を瞬時に決断し、保険会社に許可を得てアリ行きのバスに飛び乗った。

結局タルチェンからアリに向かう途中、シガツェ行きのバスには遭遇せず、彼らはまたしてもすっぽかしたようであった・・・。
 


2007年 10月 29-30日


バスこねぇ

宿の情報ノートにタルチェン→シガツェ行きのバスの情報が書いてあった。

・民営のバスらしい
・4日に1本くらいバスがある
・タルチェンは公路から外れているので、事前に予約する必要がある
・値段は600元である
・アリ発の為、アリである程度席が埋まらない場合バスが来ないときがある

10月29日

とりあえず、宿のお母さんに頼んでバス会社に予約してもらう。すると、どうやら30日にバスがあるとの情報を聞き、予約をお願いする。

そして10月30日

バスが来るのは午後5〜6時の間。バス停らしき広場に行き、バスが何時ごろに来るのかを聞いてみると、いつもバス情報を管理しているおばさんが

『今日はシガツェ行きのバスなんかないよ』と発言。

あれっ?でも昨日確かに予約したはずなんだけどなぁ・・・。だが何度聞いても『そんなバスは無ぇ!!』。民営のバスらしいし、ひょっとして公営のバスのタイムスケジュールしかおばさん知らないんじゃない?と思い、来ると信じていた。

その後、我々がラサ方面に向かう事を知った為か、おばさんが夕方3時くらいに来て

『明日ラサ行きのランドクルーザーが800元であるんだけど、乗らないか?』

と提案してくれる。でも値段も高いし、なんせうちらにはあと2時間くらいでバスが来ると信じていたし、断ることにする。

午後5時。バスが来る気配は無い。
ツァンダに行った時もタルチェンに来た時もアリでだらだら荷物を積んでたりして結局出発が大幅に遅れたから、今回も遅れることは覚悟していたので特に気にしない。

午後6時。バスが来る気配は無い。
どうせまたアリで軍人やら警察やらがだらだら準備してるから遅れてるんだろうと特に気にかけない。

午後7時。バスが来る気配は無い。
うーん、ちょっと遅いかもなぁ、でもあいつらホントにダラダラだからなぁ。
明日(30日)来るって言ってたし、それに予約したしなぁ。
でも一応電話かけてみようというネコの提案で、再びお母さんにシガツェのバス会社に連絡してもらうことに・・・。

『今日はバス無い。明日ある』

はぁーーー!?なんじゃそれ!?

あまりの身勝手さに腰が抜ける。はぁぁわしらの一日はなんだったんじゃぁ・・・。

バスの来ないバス停で、まちぼうけ
待ちぼうけ中。結局バスのおばちゃんが正しかった
 


2007年 10月 28日


カン・リンポチェ コルラ3日目

コルラ最終日。

2泊目の宿

二人とも死にかけの状態でクリアした昨日から一夜明け、とにかく早くタルチェンに帰りたい!!
その気持ちだけで朝早く起床。だが、相変わらず食欲はない。フランス人のジェレミーが、中国のインスタントヌードルを完食しているのを見て、しみじみ体力差を感じる。

体調はイマイチだが、とりあえず早く着きたいという一心で前半から猛烈にとばす。
資料ではなだらかなハイキングコースと銘打っていたが、体調の優れないネコとリスには数回ある上り坂が非常につらい。

コルラ最終日

昨日から吐くことによって胃がスッカラカンの状態が続くネコの頭の中は、和食で渦巻いていた。旅行始まって以来、特に和食が食べたいという欲望はなかったのだが、味噌汁やお茶漬けといったあっさり系が頭をグルグル駆け巡る。

やっとのことで到着!生きて帰れて本当によかった。
我々が注文したのはヤク肉のカレーライス・・・が硬いパサパサした冷御飯に冷たいシャブシャブのルーがかかっていた。結局今日もほとんど食べられませんでした。

コルラ終了
結局死亡には変わりない
 

 
2007年 10月 27日


カン・リンポチェ コルラ2日目

Hiroさんが高山病による頭痛のため脱落し、一緒に脱落する予定だったネコは迷いに迷った挙句、ほんの少しインスタントヌードルを食べれたことで気を良くしていたため、結局ドルマ・ラ峠越え(約5700m)に行くことにしてしまった。
そして、なんてあほやったんやろう・・・とこの後、何度も後悔することになるのであった。

最初は意気揚々と出発(たぶん)。が、しばらく進むともうイキナリの登り坂。しかも先人が歩いたルートをちょっとでも踏み外すと、ズボン!と足の付け根まで雪に埋まってしまう。ゼエハア言いながら10歩登っては休憩し、吐いてはまた登りしながら這うようにして進むが、なかなか頂上は見えず。登りきったと思ったら、またその先にもっと高いとこが見え・・・を繰り返し、リスの「たぶんこれの次が頂上だと思うよ」との言葉に幾度となく騙されながらなんとか到着。

COLRA1.JPG - 12,151BYTES
ネコ死亡

途中朝飯で喰ったラーメンを雪の上に撒き散らしながら、まだ未消化だったことに妙な感動を覚える。ネコの通った後にはミニラーメンが点在。吐きまくっているネコをチベタンが不思議そうに見ているのが印象的。

COLRA_4.JPG - 29,749BYTES
ドルマ・ラ

ようやく、やっと目標にしていたタルチョ群(この旗みたいな布のこと)に到着。本当に死ぬかと思った。ここで、チベタンと変わらぬスピードで登っていたジェレミーが待っていてくれた。
ネコはあまりのしんどさにカイラスも見ないままぶっ倒れ、手袋を脱ぐと

ああ、手、手が・・・ドラえもん

手がすっかり腫れ上がってしまい、凍傷になってしまったんじゃあないかと真剣に心配して動かしてみるも手は丸いまま。ちょうどドラえもんがポケットから物を取り出す時みたいな親指だけの状態になっている。
が、本来なら峠までの所要時間は2時間半ほどなのだが、ネコのせいで5時間半もかかってしまった我々は、このあと日のあるうちにゴンパまで辿り着かないと遭難してしまう!という恐怖に駆られて、3人で転げ落ちるようにして峠を下る。が、凍っていてつるつるすべり、なかなか思うようには進まない。もう手がドラえもんどころの騒ぎじゃあない。

が、峠を下りきった後も行けども行けども一向にゴンパは見えない。途中で我々よりずっと先に行っていたチベタンが2Kmほど先を歩いているのを発見、ちょっとホッとする。

日も沈み始め、やばいなあと思っていたところでやっと本日の宿、ゴンパを発見!が、リスがなかなかゴンパまで上がってこない。


リス死亡
リス死亡

それもそのはず、一歩でも動くと全ての穴から放出しそうになり、動くことが出来なかったのだ。
そこへ体調絶不調のため荷物のほとんどをリスに持たせていたネコが、相変わらずゼエハア言いながら登場。
罪悪感からかフラフラになりながらもリスのバックパックを持ってゴンパに倒れこみ、巣作りをしてすぐ死んだように就寝。
結局3人とも夕食のカップ麺を食べられなかった。
明日はようやく帰れるのだ・・・。

でもしんどすぎてうれしいとかいう感情すら起こらなかった。
 


2007年 10月 26日


カン・リンポチェ コルラ1日目

西チベット旅行の目玉の一つ、カン・リンポチェ(カイラス)山のコルラ。カン・リンポチェ山の周り52kmの行程を、ぐるっと時計回りに歩くのである。

その行程を

・普通の人・・2泊3日
・早い人・・・1泊2日
・チベタン・・1日

で歩くのだが、勿論我々は普通の人なので2泊3日コースで挑戦することに。

Hiroさんとフランス人のジェレミーの4人で出発。某ガイドブックと情報ノートに書かれていた情報を元に調子良く歩き出す。途中巡礼中のチベタンと話したりしながら意気揚々と進む。

カン・リンポチェ南壁
まだホンの最初

が、途中でゴンパ(寺)の前まで来て道を見失ってしまった。おそらく「多くの旅人はこちらを歩く」と書かれていた方であろう道を進んでいたのだが、歩いていた道が急に登りになったため凍りついている川を渡り対面の道を進むことにした。

カン・リンポチェ西壁
カン・リンポチェ西壁の姿

しかし進むにつれ足場がめちゃくちゃ悪くなってくる。歩くとガックンガックンするので疲労感は倍増。川幅はどんどん大きくなり、ところどころ凍っていないため渡れなくなってしまった。一応こちらがチベタンルートらしいのだが、さすがのチベタンもみんな向こう岸を歩いている。それって単に前は向こうの「いい道」が存在しなかっただけじゃないのか?
途中で会ったチベタンのおじさんに、ジェスチャーで川を渡ってこっち岸へ来い、と言われる。

やっぱこの道、まちがってたんじゃない??

カン・リンポチェ北壁
カン・リンポチェ北壁(やっと3分の1!!)

ふらっふらになりながら、やっと本日宿泊予定のゴンパに到着。しかしゴンパって何故か全部道よりも高いところにあるんだよ、コレが。途中からありえないほどの吐き気に見舞われて、ヨレヨレになっていたネコは最後の力をふりしぼってゴンパに到着。結局食べたものを全部吐いて夕食も食べずに就寝。
今日こんな状態だったら、一番キツイ明日は一体どうなることやら・・・。
ナムー
 


2007年 10月 23日


グゲ王宮

西チベットで1番見たかったのがこのグゲ王宮遺跡なのだが、ツァンダ行きのバスで(肉体・お金ともに)ヘトヘトになっていた我々はかなり見る気がそがれていた。

グゲ王宮遺跡までは公共交通機関がないらしく、トラックをヒッチもしくは、ランドクルーザー等をチャーターするしかないらしいのだが(1台250元:しかも片道)、なかなか運転手の乗っている車がみあたらない。Hiroさんがとりあえずまわりをぶらぶらして探してくれることになり、我々はもうちょっとしたら探そうと思ってのんきに外で洗濯していると、ホテルの駐車場からランクルのエンジン音が聞こえてきた。泡だらけの手であわてて走りよるネコ。

ネコ『すみません、グゲ王宮遺跡に行きますか?』
おじさん『行くよ』
ネコ『本当に?いくら位ですか?』
おじさん『タダでいいよ〜でもあと1人しか乗れないよ』

泡だらけのネコは、とりあえず手を洗いに、そして荷台に乗せてもらえるよう交渉するかどうか残りの二人に聞きに行くことにした。すると客の1人が降りてきてくれて、「どうすんのー?」と言うので、荷台でもいいから乗せて!とリスが交渉。あっさりOKとなった。

えっ?マジで?本当に?うれしすぎてはしゃいでいたら、ご飯食べてるからおいでー、となんと朝飯までおごってくれた。

グゲ王宮遺跡まで送ってもらったら、今度はおじさんから

おじさん『帰りの足のあてはあるの?』
3人『いえ、ないですが・・・』
おじさん『もし4時くらいまでここに戻ってきたら(ツァンダの町まで)乗せてってあげるよ』

えっ?マジで?本当に?うれしすぎてはしゃぐ我々にミネラルウォーターまでくれておじさんは戻って行った。

幸運に恵まれ、がぜん見る気がわいてきた我々を迎えたのは、コレまで見てきたどんな遺跡よりも圧倒的な存在感・威容さを兼ね備えたグゲ王宮であった。

グゲ王宮遺跡
グゲ王宮外観 この外観だけでも腰を抜かしそうになる

グゲ王宮下からの眺めグゲ王宮遺跡 宮殿からの眺めグゲ王宮遺跡 水田の跡
グゲ王宮の写真。正直最高です

あまりの遺跡の素晴らしさに、おじさんに『今日は帰らない』と言って遺跡の近くにあるツァパランという村に一泊しようか?とも思ってしまったが、ここからツァンダに戻るトラックやランクルをほとんど見かけなかったことも踏まえ、泣く泣く帰ることにした。

と、帰りのランクルで同乗していた別のおじさんが、今から何処に行くのと聞いてきた。

ネコ『タルチェンです』
おじさん『今日、我々はアリまで帰るんだけど、一緒に乗ってく?勿論タダで』

えっ?マジで?本当に?でもツァンダの方は全く観光してないからなぁ・・・と悩んでいたが、ツァンダ脱出はかなりの鬼門と情報から聞いていたのでこのチャンスを逃すすべはない!!と思い、乗せてもらう事に。最初はアリへの途中の町、ナムルで降ろしてもらうことを考えていたが、おじさんが「ナムルはやめたほうがいいよーアリまで戻った方がいいよー」というので、結局アリまで乗せてもらう事にした。途中、ナムルの町を見て納得。この時期、ナムルで降りてたらトラック捕まえるのは至難の業っぽい。

でもおかげさまで荷台に1人乗るリスはツァンダ周辺のグランドキャニオンのような景色の夕焼けを見ながら最高の気分に浸ることが出来ました。

ツァンダ、もう一回行きてぇー!!

最高です
最高の眺めを独り占め・・・

アリに着いたら、おじさんが『夕食たべてけー』と言って、おじさんの泊まっている民泊みたいなところでまたまたご馳走になってしまった。泊まる予定だったホテルまで送ってもらい、『明日のバスのチケット、買えなかったら電話しておいで』と言って電話番号までくれた。なんていい人なんだ!
そして、ここで運を使い切ってしまったようで怖い、という3人の思いはあたってしまうのだった・・・。
 


2007年 10月 22日

ツァンダへ

パーミットも取得したし、西チベットの見所の一つ『グゲ王宮遺跡』の近くにあるツァンダという町に行く事する。
『パーミットをとれば堂々とヒッチも出来る』と情報誌『旅行○ノート』には書いてあるのだが、『外国人のヒッチは違法であり万が一公安に見つかった場合、運転者は免停となる事もあるので注意しよう』とも書いてある。

じゃあどっちなの?と突っ込みたくなったがとりあえずHiroさんとトラックヒッチに挑戦することにする。
だがヒッチポイントと呼ばれる場所にはトラックはおろか車すら停まっていない。流しのランクルにもサインを出すが皆『いかねぇ』『無理無理〜』のサインを出す人ばっかり。

バスの時間も迫っていたし結局3時間ほどトライして収穫ゼロ。なかなか行かないもんだねぇ。

仕方なく300元(1元もまけてくれない)というクソ高い外国人料金を支払ってツァンダ行きのバスに乗り込んだものの定時になっても全然発車する気配が無い。それもそのはず次々と乗り込んでくるのは時間を守らない軍人ばっかり。しまいには我々3人と残り2人を除いては全部軍人という『軍用車』になってしまった。軍人はのんきなもんで、『俺銀行行きたいから町まで戻ってー』とか『ジュース買って来るー』とか言い出す始末。そんなもん乗る前にやっとけ、ゴルァア!!

結局定時を2時間ほどオーバーした状態でバスは発進。しかもお決まりの如く発車してからガソリンだのエンジンオイルだのを入れる始末。いつ着くのやら・・・。

バスが走り出して3時間ほどした頃。急に異常なくらいバスがノロノロ運転をしだした。どうしたのかと思ったら停車して運転席横のカバーを開ける。と、白い煙がモクモクと出てきた!!マントウでも蒸してんのか?
どうやら給油と一緒にするはずだったラジエター水の補充を忘れたらしい。エンジンがオーバーヒートしかけたからノロノロ運転だったのか〜・・・って普段からメンテしろよバカ!!

給水!
ラジエターの給水

あわてて飲みかけのペットボトルで給水するが当然焼け石に水。回りは荒野なので水など無い。仕方なくまた超スローペースでノロノロ走ると、道脇に水溜りを発見!!

給水!!
ラジエターの給水

神の助けとばかり、慌てて何処から手にしたのか洗面器で給水。って藻と泥だらけの水だけど大丈夫なの?なんとか温度が下がったようで再び走り出す。

兎にも角にも何とか発進
水が無きゃ別の意味で遭難だったか?・・・
 

2007年 10月 21日


F1 ブラジルGP見たい!! 今度はインテルラゴスサーキットだ!!

いよいよF1最終戦。2007年度F1ワールドチャンピオンが最終戦になるまで決まっていないのは、ずいぶん久しぶりらしいのだが、問題は我々がアリにいることである。

ビシュケクよりも辺境の地である(ハズの)このアリで、F1なんぞやっている訳がなかろうと半ば諦めていたのだが、チャンネルをつけると『CCTV5(中国国営のスポーツチャンネル)』がやっていた!!

えっ、これって、期待していいんじゃない!?

ドキドキの面持ちでF1の放送時間にCCTV5を見てみる・・・とF1が始まった!!

F1最終戦を中国のアリなんぞで見るとは、日本を出る時には思いもよらなかったが、リアルタイムでF1を堪能した。
しかも試合展開は思わぬ方向に進み、なんとライコネンが優勝→ワールドチャンピオンになってしまった。
ええぃ、ひいきのマッサじゃなくてももういいや!!とにかくめでたい!!(ちなみにネコのひいきはライコネン。やったあぁ)

ていうか、アリで最終戦が見れたことがほんとにめでたい!!

F1 ブラジルGP
来年もこの調子で見れますように・・・
 


2007年 10月 21日


パーミット取得

とりあえずアリに付いたので公安に出頭して外国人旅行証(パーミット)を取得しに行く。
日曜日だったので公安は休みか?と思ってダメモトで行ったのだが快く応対してくれた。

ガイドブックやネット情報に記載されている通り非常に手馴れたもので、違法に入境してきたことに対するお咎めなど一切なしに、

公安員『はい、コレに記入して〜』
公安員『はい、今後行きたい所、記入して〜』
公安員『はい、パスポート見して〜』

と、あっという間にパーミットを作成し終えた。

公安員『はい、罰金300元とパーミット代50元払って〜』

罰金の幅は担当官によって違う(法律では5000元まで取れるらしい)とか聞いていたので、罰金5000元とか言われたらどうしようと思っていたのだが、聞いていた情報どおりの300元という値段にほっと胸をなでおろす。

っていうか、50元くらい払うから普通に取得させてくれい!!

パーミット
外国人旅行証。かなり頼りない紙切れだが、ちょっと前まではもっとペラペラだったらしい
 


2007年 10月 18日


いざアリへ!!

アリは中国政府の未解放地区の為、外人は立ち入り禁止区域になっている。
つまりアリにはパーミット(入境許可証)が無いと立ち入ることが出来ないのである。

だがこのパーミット、取得費用は50元なのだが旅行会社の仲介無しでは購入することが出来ない。しかも旅行会社を仲介すると値段が何百元にも膨れ上がる。
そんなこんなで事前に取得する人はあまりおらず、アリまで行ってアリで罰金300元(無断で入境した反則金)+50元で取得するという方法がメジャーなのである。

つまりどうにかこうにかして、アリまで捕まらずに辿り着けば良いのだ。

叶城のモスク
イエチョンのモスク

とりあえず、仕入れた情報では『イエチョンから70km地点でバスの中を懐中電灯による検査、その後150km地点でバスの中でパスポート検査』というふうに書かれていたので、それに備えながらバスの中で待機していた。
が、70km地点では何も無かったので、「この時期旅行客少ないから、ひょっとしてザルなんじゃねぇ?」と半ば安心していた頃にバスが急停車する。

バスの運ちゃん『チェック〜。パスポート』

と続々と同乗の中国人がぞろぞろ降りていく。えっ?なに?検問って何よ?あわててバスの運ちゃんに聞く。

ネコ 『あのさ、うちらパーミット持ってないんだけど。外国人はパーミットがいるんだよ』
運ちゃん『ノープロブレム。パスポート、パスポート』

運ちゃんは大丈夫だという。
仕方なく踏み切り板の隣にある詰め所に向かい並ぶと公安関係者(?)が中国人の身分証明書を次々とチェックし記入していく。しかも皆身分証明書のほかに通行証なる紙まで持っているではないか!
そして別紙の外国人用の書類には、なんと『通行証番号』の文字が!!

えっ?これって絶体絶命のピンチじゃない?

いよいよ我々の番になる。あぁ神様仏様〜!!

と、検査官はパスポートを見てパスポート番号を控え、通行証番号のところにはVISA番号を控えて返却。あれっ?これでいいの?よかったーと胸をなでおろす。
とりあえず一番の難所を無事通過できたことに喜びながらバスに乗りアリに向かう。
運転手のおじさんが、ジェスチャーで『OKだったろ?』と微笑んでいた。

深夜の検問
ドキドキの検問

と、10時間くらい走ってからまた検問にぶつかる。あれ、1回じゃなかったっけ?とりあえずドキドキしながらパスポートを渡すがこれも用紙に記入するだけで通過。もう無いだろうと胸をなでおろしさらにアリに向かう。

と、4時間くらい走ってからまた検問にぶつかる。えぇーまだあんの?とドキドキよりも半ばうんざりしながらバスから降りる。今度はなんと荷物検査。あたりは真っ暗なのになんで今検査するの?と思いながらも捕まったら大変なので素直に見せる。
ドロッドロになったバックパックをチラリと見て終了。特にお咎めも無く通過。

アリに無事着きました。
 


2007年 10月 15-7日


ビザ取得

『ノービザ入国者には入国後ビザを発給しない』事が前提である中国。

本来ならばその前提に従いクルグズで中国ビザを取って入国すればよかったのだが、ビザの発給には招待状が必要な上、招待状は旅行会社で1通50USDもするとの事なので、上記ルールが適応されないという噂の新疆地方(この場合カシュガル)でとろうということになったのである。

月曜日

公安入境管理局に出向き、ビザを発給を申請しようとする。

ネコ 『VISA欲しいんですけど・・・』
担当官『OK、パスポートを見して』

〜パスポートを見て〜

担当官『入国してからまだ3日しか経過してないじゃないか。残り滞在有効日数が5日を切っていないとビザは発給できないよ』
ネコ 『えっ?そうなんですか?でも中国に長く滞在したいんで、なんとか今発給してもらえませんか?』
担当官『ダメだよ。インポッシブルだ。旅行していて期限が切れそうになったら中国のどの町でも発給してもらえるから、   
    そこでやりなさい』
ネコ 『えっ、でも敦煌では出来ないって聞いたんですが・・・』
担当官『いや、どの町でも出来るよ。だがとにかく今はインポッシブルだ!!』

チベットに向かう時期がタダでさえ遅い(と思ってた)のに、今から一週間待つなんて・・・これ以上遅くなったらどうしようと半ば泣きそうになりながらすごすごとホテルに帰ることに。

火曜日

とりあえず申請したらVISAがいつ発給されるのかを聞くためにもう一度公安に赴くことにした。
と、昨日と担当官が違う。
チャンス!!とばかりに、さりげなくもう一度聞いてみる。

ネコ 『VISA欲しいんですけど・・・』
担当官『OK、パスポートを見して』

〜パスポートを見て〜

担当官『入国してからまだ4日しか経過してないけど、ノービザ入国者はまだあと11日間滞在できるんだよ?』
ネコ 『はい、知っています。でももっともっと長く中国を旅行したいんです!!

〜とここで、中国大好きを猛烈にアピール〜我々はすでに6ヶ月マルチビザも切れているのだ

担当官『・・・うーん?ふうん?じゃあ申請用紙に名前書いて』
ネコ 『はいっ!!!』

申請できました。

水曜日

申請できたのはいいけど、受け取り日は申請日の翌日・・・ということはひょっとしてまた月曜日のインポッシブル担当官なのか?
流石に顔を覚えてるだろうし、申請取り消しさらには怒られたらどうしようと凄く気まずい思いをしながら公安に向かう。

公安の窓をちらりと覗く・・・ゲッ、担当官がメガネをしている・・・ということはやはり月曜の担当官か!!
月曜日にはリスはメガネをかけていったはず、なのでメガネを外して帽子をかぶり、これでちょっとは別人に見えるかも。
つーか、えぇいもうダメモトじゃぁ!!発給したそっちが悪いんじゃあ!貼っちまったビザをパスポートからはがしたりはすまい!と祈りまくって入り口の暖簾をくぐったら、なんと別のメガネ(女性)だった。
そして優しく微笑みながら我々に新しいVISAが貼られたパスポートを差し出すではないか・・・。

結局、取得できました。

その日、二匹で祝杯を挙げました。


ビザ
アーイゲッタービーザー♪アーイゲッタービーザー♪
カンボジアで知り合ったHiltonさんがビザ取得時に歌ってた気持ちが良く分かる・・・
 


2007年 10月 14日


ラマダン

カシュガルに着いたのはちょうどイスラム教の断食月(ラマダン)明けの時期だった。
ので、着いた翌日からイスラム教圏であるカシュガルの町は祭りで騒がしかった。

特に新疆最大の寺院『エイティガール寺院』前はその祭りに参加せんと物凄い人でごった返していた。
寺院の屋根にいる音楽隊(?)の音楽に合わせて大勢の人が踊り狂い、回りはその見物客で溢れかえっている。

今までコレほど宗教色の濃い中国を見たことがなかったので、祭り好きな我々も興奮してきた(踊りに参加はしなかったけど)。

興奮のあまり、屋台で売っているイモや串などをつまみ喰いしながらカメラで撮影するというお決まりのパターンで祭りに参加しただけであったが、子供がやたらと写真を撮ってくれというのが印象的だった。

中国じゃデジタルカメラなんて珍しくもなんともなかったのだが、ここウイグル地区ではまだまだ高価なようで、撮ると逃げるか集まってくるかのどちらか。久しぶりに純なお子様を見た気分だった。

カシュガル ラマダン明けの祭り
ここだけ見ると中国とは思えないなぁ
 


2007年 10月 12日

イルケシュタム峠

チャイナのカシュガルへ向かうために昨日クルグスのオシュから国際バスで出発した我々。

IRKESHTAM1.JPG - 9,143BYTESIRKESHTAM2.JPG - 7,119BYTES
イルケシュタムの寂れたトレーラーハウス群ときれいな山

途中、中国側の検問に差し掛かった。今までの中国の国境は荷物検査と言ってもスキャンに通すだけだったのだが、こちらは事情が違う。みんな一列に並ばされて荷物を開けろと言う。クルグス人や中国人はトランクの中を結構ジロジロ見られていたのだが、我々いかにも旅行客は当然もっと甘いはず。欧米人のバックパックはノーチェックで、他のパッカーの荷物もほとんど形式だけ確認。

なのにネコの番になった途端、ウエストバッグの中を詳細に調べ、ポーチも全て開けだした。しかも開けたポーチは閉めずにそのままぽいぽいカバンのなかに放り込む。そのうち電波男(無線LANの有無を調べるやつ)を取り出して、USBメモリーと勘違いしたらしく、勝ち誇った感じで「これは中身を見てから返す」と言い出した。それはメモリーじゃないので中にデータは入っていないと言っても、英語を全く理解しない彼らはフタを開けてみたり、開けたふたを逆さまにギュウギュウ差し込んだりし始めてしまった。壊れるからやめてくれ、といっても一向に構わず。

そしてなぜかウエストバッグの真横にあったリスのバックパックは調べず、ネコのところにまっしぐらに来てポーチを開けまくる。普通♀のカバンを人前でそんなに開けたりしないだろ?という感じなのだが、なぜかネコのカバンだけ執拗にチェックしている。そのうちあまりにもしつこく開けるのでだんだんムカついてきて(ポーチの中に入っている色々なものを詳細に観察する)、下着が入っているポーチに手をかけたときに怒りは頂点に。
「人前で一枚ずつパンツ取り出すんかい、コラ!」と思い、自分で袋類をカバンから取り出して並べ「これでいいでしょ?」と言うと、「これは正規の取調べだ、その態度が気に食わん」といって別室で取調べ受けることになってしまった。

迎えの車が来るからと聞かされて待つこと30分。その間に欧米人旅行客が15人ほどきたが、トランクの中をざっと見るだけで終了。なーんでじゃあ。
英語ペラペラの役人が来て、なにがあったんだ?と言われたので素直にいきさつを話すと、なんだそんなことか、と言って付き添ってくれることになった。結局その欧米人旅行客の手配した車でイミグレまで向かい、女性の検査官が荷物を開けてボディチェックをしてくれることになった。後から聞いた話では、そのお役人はそんなしょうもないことで別室に呼ぶなとかなんとか、こっぴどく怒られていたらしい。

しかし後で日本人旅行者に聞いた話だと、その人もやはり別室に連れて行かれてガイドブックも細かくチェックされたそうな。単なる反日?それとも最近日本人がなんかしたんだろうか?しかしそのとき同乗していた中国人のおじさんは持っていたクルミを割ってチェックされていたらしい。クルグスとの国境だからかなー。

ネコも昔、お土産に買ったチョコレート(もちろん封してあるやつ)を全部、関空であけられそうになったことがある。
その時は「あけちゃったらお土産にならないっス」と泣きついて許してもらった。でもしつこく「預かってきたものはないですか?」とか「何の目的で行きましたか?」などなど聞かれた。
が、これは一度ではないんだな。
だいたいいつも(1人で旅行していても)税関でつかまったり、一体何を探りたいのかどうでもいい訳の分からん質問を長々とされて1人長引くことが多々あるのだ。

そんなにわし、アヤシイですか??

CHECK.JPG - 36,135BYTES
なんでそんなにネコのだけ詳しく調べるのよ?オーイオイオイ(泣)
 

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