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2008年 4月 27日


コヴァーラム

インド有数のビーチがある町『コヴァーラム』。
スリランカ行きの飛行機を待つ間、トリヴァンドラムからたった16kmしか離れていないこの町に行く事にする。
有数のビーチらしいし、腰を痛めているネコのリハビリもかねて、のんびり海水浴でも・・・と期待していたのだが、着いてびっくり。

コヴァーラムの波

波スゲー!!

サーファーが喜びそうな大きい波が絶え間なく押し寄せている。こんなおいしい波がくるんならボディボードでも貸し出ししてくれりゃいいのに、浮き輪すらない。
試しにネコが泳ごうと試みるも、波にもみくちゃにされてすごすご退散してきた。よけい腰痛くなった・・・。

波とネコ

一応監視員や遊泳禁止区を設けているっぽいが、どうみても泳ぐ場所には向いていない。沖に防波堤がないのが問題なのか?

といっても、これまでのビーチでも遊泳しているインド人は殆んど見た事がないし、ただ波と戯れるのがインド人の中での海水浴ならこれでいいのかも知れない。女性はほとんど海岸で立って、男達が楽しそうにちゃぷちゃぷしてんのを見てるだけだし。
泳いでも楽しくないので、すっかりやる気を損ねてしまい、ビーチ脇のホテルでだらだらして過ごす。

コヴァーラム 夕日
コヴァーラムの夕日

だらだらも飽きて、夕日を見に海岸沿いを歩いていたら、カニャークマリの時と同じく、どこからともなくインド人が湧き出してきた。時間がたつにつれその数は増えて、気がついたら海岸はインド人で埋め尽くされていた。
でも、ビーチボールで遊ぶわけでもなく、浮き輪を持っているわけでもなく、ただただ波と戯れるだけ。
それだけで楽しめるとは・・・ある意味うらやましい。

太鼓なんか売り歩かずにビーチボールとか売れい。
 


2008年 4月 25日


航空券

トリヴァンドラム→コロンボ(スリランカ)→マーレ(モルディブ)の格安周遊航空チケットがある。値段は8,000インドルピー。

そんな情報ノートの書き込みで、俄然スリランカとモルディブに行きたくなってしまった。しかし値段以外、航空会社も時期も全く書いていない、かなりあやふやな情報だったので、トリヴァンドラムの町の航空会社、旅行会社を手当たり次第当たって、情報を収集するも見つからず、結局ネットでMihin Lanka(ミヒン ランカ)という航空会社に格安チケットがあることを探し当てた。

路線

マーレ⇔トリヴァンドラム間の運行はなされていないものの、トリヴァンドラム⇔コロンボ(往復)、コロンボ⇔マーレ(往復)両区間合計でなんとIRs10,000-ポッキリ。

IRs8,000-という極安チケットは探せなかったものの、それでも単純割りでチケット1枚IRs2500-は安いと思い、即行でチケットをゲットしようと思ったら

オフィス受付『5月はすでに全日程満席です。6月分なら購入可能です』

えぇーそんなぁ・・・どうやら5月はインドの夏休みらしくリゾート目当てのインド人により全て購入されてしまってる模様。
しかもこの航空会社はチケットが格安なため、すぐに埋まってしまうらしい。折角見つけたのになぁ。どうしようかと悩んでいたら

オフィス受付『4/29のトリヴァンドラム→コロンボのチケットは購入可能なので、コロンボでキャンセル待ちしたらどうですか?』

うむむ残りのチケットが重要なんだけど、そんな不確定要素を抱えながら行くのもなんだし、残りのチケットを他の航空会社で買うべきか?いや、そうしたら結局高くついちゃうし・・・(約20分)・・・

ええい考えんのも面倒やし、もう行ってまえー

という事でチケット(各人1枚)ゲットしました。

Mihin Lanka トリヴァンドラム チケットオフィス
オートリクシャー(メーター)で鉄道駅から約IRs20-
行き先は『Police Head Quarter』と言えばOK。Police Head Quarter真向かい(西側)の歩道側を北に歩いてすぐの、まだぴかぴかの3階建てのビルにオフィスがある。

毎日運行ではないので、事前にフライトスケジュールをチェックしておいたほうが良い。
ちなみにトリヴァンドラム→コロンボは(この時期?
)週3本(火、木、土)。

5月はかなり先行して予約しないとチケット取得は難しいかもしれない。
オフシーズンはさらに値段が安くなるかも?

支払いはクレジットカードではできません。

マーレからトリヴァンドラムへ直行便で帰りたい場合、Island Aviationという航空会社のチケットが安い(片道運賃IRs4718-)。
オフィスはMihin Lankaオフィスから北へ500メートル程歩き、HSBC(銀行)が南東にある交差点を東(シャスタマグラム方面)に500メートル程進むと、北側に『I』のマークがある看板がある。旅行代理店で取得する場合、相場は4,900〜5,000だった。

せっかく苦労して探したので、上記プチ情報載せときます。
 


2008年 4月 24日


トリヴァンドラム

折角ここに来たんだしという事で観光する。といっても完全に復調していないネコはお留守番。いまだにゲホンゴホン言って全然よくなってない。

とりあえず、一番の見所パドワナーバスワミ寺院に向かう。

パドワナーバスワミ寺院

この寺院、ヒンドゥー教信者以外は境内にすら入れないらしいので、外部から眺める。

パドワナーバスワミ寺院 池からの眺め

寺院外部の池からの眺めは夕日時間もともなってなかなかいい景色。寺院周りは巡礼客用の店が数件あるだけで、他と比較してそれほど“観光地”っぽい印象は少なかった。

他にも観光スポットはあるらしいのだが、寺院の景色におなかいっぱいになったので中止。ネコもいないし。

この町、人々の様子がこれまで旅してきたインドの町と比較するとレベルが高い。というのは人々の服装がやや上品で、売っている商品が高い。高級スーパーでは常に行列が出来、店構えも立派。クーラーが効いている店も多い。
南インドは物価が高いと聞いていたが、ここでなるほどと感じることが出来た。

なにせ、どうみても露店に毛が生えた程度の店と、北で冷房が効いたレストランでの食事代が同じなのだ(探せばもっと安いのかもしれないが)。

しかも致命的なのがその料理がおいしくない事だ。

これまでインド料理に飽きた事がないネコがなんと、インド食を受け付けられなくなった事からも、それが分かる。味覚オンチなので問題ないケド。南のほうがおいしいと聞いていたのになあ。ひょっとしたら病院食があまりにもマズかったから和食が恋しくなったのかも。

ネコが完調だったらすぐにでも抜けたい町である。
 


2008年 4月 23日


ようやく退院

一向によくならないため入院が長引いていたネコ、点滴は初日の生理食塩水のみ、病院食はその名を全く感じさせない『辛いわしょっぱいわまずいわで体に優しくない料理』、効いてるのか効いてないのか良くわかんない薬を飲まされる、やたらと採血に失敗して腕が紫色、と病室の環境以外あまり評価できない治療で、いまだに完全に復調していないネコ。
(実際に血液成分値の一部が標準値よりもかなり下回っていた)

医者は3日間は安静にする事を条件に退院しても良いと判断してくれたので、トリヴァンドラムの町でゆっくりして、おいしいご飯を食べて体力を付ける事にする。病院食は肉がどうやら合成肉だったのでまずくて食べられず、血液の成分を充実させるべく、退院祝いにタンドリーチキンを食べる予定。

3日後に病院で再度血液検査を受けるように指示されたので、どちらにしてもトリヴァンドラムの町から動くわけにいかない。というより、実際退院前日にも看護師が薬をくれる時間が遅くなったため38度の熱を出しており、薬でやっと熱を抑えているため体調はかなり悪く、歩くとクラクラする。

トリヴァンドラムには長居しても2日程度と考えていたので、入院期間とトータルすると、とんでもない予定の変更である。とりあえず、保険会社に連絡してその間(再度病院にかかる)のホテル費用は出るのかを確認した。担当が何も分からない人だったため、いちいち本社に確認するのだが、全然電話をくれないためこちらからかけなおさなくてはならない。電話代(日本から持ってきた携帯)もバカにならないくらいかかっているはず。

担当『今、本社に確認したんですが、カルテに『ホテル』で安静、もしくは『トリヴァンドラムから出ない事』、と書かれていないとホテル代は出ません』

なにー!!そんなバカな!!
前回チベットで高山病になったときは、あんたら『再度病院にかかったらその日の宿泊費用は出る』とか言ってたやろ。この半年で何があったか知らないが、方針を180°転換したんか、コレ。
そもそも、カルテでそんな書き方する医者がいるのか?ホテル以外のどこで“安静”にするのか是非聞いてみたいものだ。

と、チベット以来ひさしぶりに保険会社にぶち切れそうになった。

野宿?
じゃあ、野宿して安静にしろってのか、コレ。

とりあえず『3日間は要安静』と書かれていた部分を『ホテルにて安静』と書き直してもらうことにした。

そういえばこの保険会社のパンフレットでは、『何かあったときにヘリをチャーターした場合200万円』とか書かれていたけど、潜水病になってもぜったいヘリなんてよんでくれないだろうなあ。だってチベットで高山病でかなりヤバイ状態だった時、ランクルをチャーターしてくれず、いつくるかもわからんバスで町から出ろって言われたし。結局そのバスは来ず、いろいろと大変だったなあ。他の保険会社はもっとちゃんとしているらしいんだけど、ね・・・。
 


2008年 4月 19-22日


入院生活

入院生活もすっかり板について、体が超なまってきた今日この頃。
本当だったら3日間の入院で退院できるはずだったのだが、血液が正常値に戻らないため長引いてしまっている。が、明日になったら退院できるそう。もっとも熱が微熱になったのが入院してから3日後だったので、こんなものといえばこんなものかも。2日間は熱が40度から下がらんわ、吐き気はするわ、体中痛いわ、頭痛はするわでもうボロボロだった。けど、とりあえずマラリアとかデング熱とかじゃあないらしい。

良かった良かった。

が、1日に何本も注射やら採血やらされるので腕が傷だらけに。日本でもそうなのだが、ネコの手は非常に注射しにくいらしく、失敗しては違う場所違う場所へと刺されてしまう。でもインド人と違って血管が透けえ見えている分うちやすそうなんだけどなあ。今空港へ行って身体検査されたら、確実に別の意味で怪しまれそうな紫色の傷がたくさんついている。

入院

ちなみに現在入院中の病院は、本当に立派な個室で、今まで泊まっていた宿とは比べ物にならないくらいゴージャス。
液晶(!)TV、ホットシャワー、ソファ、エアコン、タオル、付添い人のベッドまである。

そしてなんと入院食は、メニューを持ってきてくれて自分で好きなものを食べられる。
が、これが非常にまずい・・・。先生に『しょっぱいものや辛いものは食べちゃだめですよ』と言われているのだが、たいていどれを食べてもしょっぱいか辛い。
スープは飲めないくらいしょっぱいし、麺はご飯がないと食べられないくらい味付けが濃い。とても病人食とは思えない。
いつもインドではおいしいごはんを食べているため、全然恋しくならない和食だが、今は食べたい欲求がMAX。焼き魚なんて日本にいるときもあんまり食べた事ないけど、今は『ご飯・お味噌汁・焼き魚・だし巻き卵・のり・お漬物』という旅館の朝食みたいなものがとにかく食べたい。とりあえず、万が一にそなえてもっていたお醤油とワサビをごはんにかけて、お茶漬けにしてたべてみるが、やっぱり具がほしい。看護師さんには『もっとモリモリ食べなさい』と言われるんだけど、喰えば喰うほど食欲がなくなってしまう。連日吐きまくっていたのだが、ここの味付けだから吐いちゃうような気がするんだよなあ。

そういえば久しぶりにホットシャワーに入ったのだが、『ホットシャワーってこんなんだっけ?』というような妙な違和感が。でも汚れが目いっぱい落ちてる気がする。ああ、ありがたや。が、なぜかほとんど調節することが出来ず、かなり熱々のお湯しか出ない。なんやかんやとやりすぎだっつーの。

スタッフはとてもいい感じの人ばかりなのだが、一つ頼みごとをすると時間がすごくかかる。というか半分は忘れられてしまうので同じ注文を何度も違うスタッフに言わないといけない。たとえば午前中ティッシュがなくなったので持ってきて欲しいと言うと、何度か忘れられ、何度か頼むを繰り返して、結局持ってきてくれるのは夕方なんてことはしばしば。たいていはその日にくれなかったりする。そんなに忙しそうでもないんだけどなあ。インド時間なのか??

なんか入院してすっかり日本人らしい贅沢な感覚を取り戻してしまいましたが、日本は良いところですよ。ほんと。
 


2008年 4月 17-18日


ネコ入院

カニャークマリで風邪気味だったネコが、トリヴァンドラム移動日になって超高熱(40℃)に。
移動をやめて休もうと思ったのだが、解熱剤のおかげでややマシになったので結局トリヴァンドラムまで移動する事にした。

しかし、バスの中でネコが再びやばい状態になる。外は猛暑、バスの中もそれなりに蒸し暑い、インド人もリスも勿論半そで、なのにネコは寒いといいだした。とりあえずセーターと毛布を引っ張り出してネコに着せるも、寒さは一向にマシにならない様子。おでこは超高熱を放っているのだが、手足は氷のように冷たい。これはマジでやばいと思い、トリヴァンドラムに到着、ホテルチェックイン後すぐに旅行保険会社に電話しようとする・・・がインドに担当窓口がない!!
仕方なく『その他アジア』の項目にある電話番号にかけてみるも、全く通じない。とりあえずどこか病院を教えてもらおうとチェンナイの領事館に電話してみる。すると保険会社にコンタクトをとってくれることになり、ようやく電話が繋がった!!

とりあえずトリヴァンドラム近辺の病院を探してもらおうとする。

リス『ネコが高熱が出てるので、すぐにここらの病院を探してください』
受付『わかりました、暫くお待ちください』

・・・30分経過・・・音沙汰なし

再び電話する。
リス『本当にやばいんですけど、早くしてくれませんか?』
受付『担当の者にすでに引き継いでおりますので、暫くお待ちください』

・・・10分経過・・・音沙汰なし

なんじゃこの保険会社!!たらいまわしかい!!待ってたら死ぬわボケ!!

とりあえず、ロンプラに載っている『○○○ Hospital』なる病院にオートリクシャーで向かう・・・と、やっと保険会社から電話が来た!!『今どちらにおられますか?』もう向かってるっつーの!!

しかし到着して呆然となる。

注射針・・・勿論再利用させて頂いてますよ
シーツ・・・1週間に1度換えさせて頂いております
ゴキブリ・ネズミ・・・一応清潔にはしておりますが、気になさらないで下さい
ベッド・・・満床の場合は床で寝ていただいております
キャッシュレス・・・なんですかそれは

といった(上記はもちろん全て想像ですが)、まぁ日本ではもうないだろ的な“ド”ローカルな病院だったのだ。会話のできる現地人だったらともかく、英語もたどたどしい我々が行ったら、むしろ悪化しそうな病院。

どうしようと途方にくれていたら、なんとチェンナイの日本領事館から電話がかかってきた。

領事館員『ちかくにKerala Institute of Medical Scienceという大きな病院があるそうです』

神の助け!!本当にありがとうございます!!ひとしきり感謝の言葉を述べた後、オートリクシャーに飛び乗り、教えてもらった病院に向かう。

おぉ、でかい!!これだよこれ、うちらが求めていた病院は!!

KIMS

病院に到着して、すぐにエマージェンシーのベッドで診察を受ける。

医師『風邪か、マラリアか、デング熱かの判断は今の段階では出来ないので、3日間十分休養&養生して、それでも熱が再び上がるようだったらまた診断します』

うー、ただの風邪であって欲しい。とりあえず、大病院(見た目先進国並み)に掛かれたことで一安心。

その日と翌日は入院する事にしました。
 


2008年 4月 16日


ご来光

無宗教だけど、日本ではとりあえず毎年欠かさず初日の出を拝んでいた我々。
まぁ関係ないけど、カニャークマリではお約束(?)らしい、ご来光を拝んでおく事にする。

朝五時半起床。ネコは・・・寝ている模様。
ガートに向かって歩くと、ぞろぞろ昨日と同様、どこにいたのと聞きたいくらいインド人が湧き出していた。
朝日が昇る直前の時刻にはご覧の状態。

ご来光待ちのインド人
 
しかし、午前6時を過ぎても一向に朝日は拝めない。それもそのはず、丁度朝日の登る位置に積乱雲があり(雷まで光っている)、それに邪魔されて、なかなか太陽が顔を出さないのだ。午前6時15分、いつまでたっても顔を出さない朝日に、痺れを切らしたインド人が沐浴し出す。中には諦めて帰る人もチラホラ。うーガマンガマン。



午前6時半。まだ朝日は顔を出さない。積乱雲のポイント以外は晴れているので、すでに夜は明けた感じ。ガートの周りはもうご来光を待っている雰囲気はあまり感じない。もう諦めようかなぁ、どうしようかなぁ。

カニャークマリのご来光
 
午後6時40分。やっとこさご来光。やっぱり赤い太陽を期待していただけに少し残念。でもなかなかいい景色。

カニャークマリ朝日
とりあえずリアルに記念撮影

ホテルに帰ってみるとやはりネコは就寝中だった。ウム、予定通りでよろしい。
 


2008年 4月 15日


インド最南端

2002年 伊豆半島最南端制覇

2004年 紀伊半島最南端制覇

2007年 マレー半島最南端制覇

そして・・・ついに2008年インド亜大陸の最南端を制覇するときが来た。
マドゥライから、バスに揺られる事、約6時間半。夕方4時ごろにようやくインド最南端の町カニャークマリに到着した。

ガイドブックによると、この時期はインド人の観光シーズンで、町はごった返している・・・そうなのだが、バスに乗っているのはどうひいき目に見ても観光客で無い人ばかり。隣の席のおばちゃんなんか、何に使うのか良く分からない巨大なバケツをバスに乗せてフーフーいってる。

宿も客よりもスタッフの数のほうが多いんじゃないの的な感じで、少し拍子抜けしてしまった。

KANYA0.JPG - 20,220BYTES
どこからか湧き出した人々

しかし、夕方になり涼しくなるとどこに泊まってるのやら、ぞろぞろインド人観光客が湧き出してきた。どうやら、海に沈む夕日を眺めに来たようだ。

土産物屋をみたり、ガンディー記念堂の中に入ってみたり、ガートの広場をぶらぶらしたり、海辺で遊んでみたり。おぉ完璧に観光客。
夜は夜で、夜店の並びは人が買い物にいそしんでいた(やたらとおもちゃ屋が多い)。

ネコとアイス
とりあえず、最南端到達記念にアイスをパクリ

本当に昼は何をやってるんだろう?

KANYA1.JPG - 19,213BYTES
カニャークマリの夕日
 


2008年 4月 14日


スリ ミナークシー寺院

インド入国よりも約半年近く前、中国の北京で受け取った『某ガイドブック』を読んで是非行きたいと思っていたマドゥライのミナークシー寺院。60m超えの塔門(ゴープラム)が林立し、そのゴープラムには鮮やかな色で彩られたヒンドゥーの神々の像が所狭しと飾られている。『ビッグ』&『カラフル』&『像』といった言葉に弱いリスにとってヨダレモノの見所である。

チェンナイにも同じようなゴープラムが存在していたのだが、高さは40m程度だし、本家マドゥライのゴープラムを見る気満々だったので、ネコの提案に反対してあえて観光しなかった。

バスからマドゥライの市街地が見え、膨らんだ期待ははじける一歩手前。

そして、これが半年間暖めてきた期待して期待しまくって期待の頂点に達したミナークシー寺院のゴープラムだ!!

ゴープラム西門

ゴフッ

吐血

吐血もんやー。話によるとリペイント作業に入った模様。

MADURAI2.JPG - 20,845BYTES

北門を除き全てのゴープラムがリペイント作業のためのやぐらに覆われている。

MADURAI3.JPG - 20,246BYTES

唯一の残った北門も後1週間で覆われる模様。

なぜに一気に作業をするんじゃあー。一つ一つやれぃ。と心の中でごねてみる。
覆いから少し覗ける範囲にはびっしりと美しい像が。はぁぁぁ・・・。

思えば、

タイ バンコク ワットプラケオ・・・エメラルドブッダの寺舎の修理
カンボジア シェムリアップ アンコールワット・・・屋根の上に緑色の修復用のシート
中国 北京 故宮・・・メイン宮殿の修復作業
中国 北京 八達嶺長城・・・北京五輪の看板
バングラデシュ バゲルハット シャイトゴンブスモスジット・・・イベントのための雰囲気ぶち壊しのテント

と、結構修復中の時期に当たってるんだよなぁ・・・運悪ぃ。

一方のミナークシー寺院だけど、インド人の人海戦術を使ってもやはり作業終了には1、2ヶ月はかかると思われる。この時期にマドゥライに観光しに来た旅行者は本当に災難。

チェンナイのゴープラム見とけば良かったと激しく後悔。
もう一度インド旅行せねば・・・。
 


2008年 4月 13日


ブリハディーシュワラ寺院

建設当時、世界一高かった建造物※。
そんな風に某ガイドブックに書いてあって、たまらなく行きたくなった南インド タンジャヴールにあるブリハディーシュワラ寺院。

ポンディシェリーからバスを乗り継いで約5時間。お昼ちょっとすぎにタンジャヴールに到着。開放時間は午前6:00〜13:00、15:00〜20:00と聞いていたので、15:00に間に合うように宿をスタート。

暑い
あ、暑い・・・。

乾燥しているのでムワッとした熱気は無いのだが、じりじり照りつける太陽に本当に溶けてしまいそうになる。
結局、ホテルから半分くらいまで来て『もう少し日が陰った夕方に来よう』と出戻り。

そして午後5:00、再度出発。日が陰っているので快適。
寺院内は土足厳禁(?)なので、サンダルを脱ぐ必要がある。少し気温が下がったとはいえ、素足で歩くとなかなか熱い。普段から素足で歩いているインド人はともかく、ひ弱な我々の足だったら、日中に来てたら確実に足裏を火傷していたんじゃなかろうか。
しかも数箇所、犬?いや人だろ的な糞が散在。聖地で催すな!!

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寺院一番の見所の本堂は、敷地外からでもその存在感を感じさせるに十分な高さを誇っていた。
さすが当時世界最高建造物※!!是非登って頂上からの景色が見たい。

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高い建物に弱いリスは満面の笑みでバシャバシャ写真を撮りまくった。ネコもやや満足したようで、普段よりもやや多めに撮る。

夕暮れ近い時間に行ったので、夕焼けを眺めようと暫く寺院内で待機。

TANJOLE4.JPG - 20,134BYTES
この旅でやっと撮れた寺院+夕焼けの組み合わせ。いままで、なかなかこのタイミングにめぐり合わなかったんだよねー。

寺院の夜
バスで知り合ったインド人によると、インド南東部のタミルナドゥ地方は今日が新年との事だった。そのためか夕方以降、初詣(?)に来た地元民で寺院内はごった返していた。

本当に来て良かった〜。但し日中観光される場合は、くれぐれも火傷にご注意ください。

※よくよく考えてみたら、エジプトのピラミッドのほうが断然高いんじゃいの?
 


2008年 4月 10日


オーロヴィル

オーロヴィルという村を訪ねるために、ポンディシェリーに滞在。
バラナシで会ったSYUSEIくんが、このオーロヴィルに関する雑誌を持っており、それによると変わった建物がいっぱいあるらしい。それはちょっと見てみたいなあと旅程に加えてみた。

オーロヴィルはポンディシェリーから10kmほど北上した場所にあるとのことで、自転車で向かう。
看板が見えてきて、さて、変わった建物はどれだ?と血眼になって探すと。

あった!!

S-AUROVILL5.JPG - 14,936BYTES S-AUROVILL4.JPG - 14,605BYTES S-AUROVILL6.JPG - 14,361BYTES
バーバパパ※の家みたいなのと、ピラミッドみたいなのと、表現不能なのと・・・あれ?こんだけ?
事前情報で金色のボールのような建物(マトリマンディール)があると聞いていたので、ちかくの人に場所を聞く。

※全然関係ないけど、バーバモジャの毛を剥いだ皮膚(?)の色はピンク

『あぁ、ここから8kmのところです』

なんと、ここじゃないのか!!というわけで、再びえっちらおっちら自転車を漕いで目的地へ向かう。

オーロヴィルの起源は、某ガイドブックによると、インドの独立革命にも参加したインドの哲学者スリ オーロビンドが提唱した宗教『アーシュラム』があった場所らしい。何を持ってあったとするのかは、いまいちよく分からないが、オーロヴィルに関する資料館によると1968年にはすでに場所が確立していたらしい(ということで今年は40周年記念)。
彼の死後、後継者マザーにより、理想都市を目指したコミュニティが造られており、参加者を国籍・宗教問わず募集しているとのことだった。

壮大なプランだが、この都市計画の完成図を見て、さらに度肝を抜かれた。

これがその完成予想図だ!!

オーロヴィル

おぉ、超スゲー。フランスの建築家がデザインしたらしい。
このまま地面が持ち上がって宇宙ステーションにでもなりそうな見た目である。
ということは、変わった建物が点在するのではなく、町自体が変わったデザインという事なのだ。
なんともはやビッグスケール。

そしてこの都市の中心に当たる場所にあるのが『マトリマンディール(Matrimandir)』とよばれるモニュメントである。

このマトリマンディール、敷地内に立ち入るのにパスが必要で、Visior Centerであらかじめオーロヴィルの紹介ビデオを鑑賞する必要がある(無料)。パスを貰って意気揚々とマトリマンディールに向かって出発。
しかし、いけどもいけども森で、上の完成予想図のような林立する建物が見えてこない。この調子だったら完成にあと100年はかかるんじゃないか?

おぉ、見えてきた!!

マトリマンディール
本当に不思議なデザイン。近づいて写真を撮りたかったが、本日はこれ以上の立ち入りは禁止との事。うむむ残念。

マトリマンディール内側は瞑想所になっている。
内部は完全に内壁で遮断されており、真っ白な壁、床、そして中心にはクリスタルがあり、マトリマンディール頂上にある取り入れ口から採光してクリスタルに反射させ、明かりを取っているとの事。
内部を見たい場合は、日曜日の午後2:30〜5:30に入場させてくれるらしい。

内部
うろ覚えだけどVideoで見た内部の感じ。

想像するだけでも幻想的・・・是非見てみたかった・・・。
 


2008年 4月 8日


ポンディシェリー

250年間フランスの植民地として存在していた町『ポンディシェリー』。

PUDUCHERRY2.JPG - 19,449BYTES

ポンディシェリーの地図を見てみれば一目瞭然なのだが、見事に碁盤の目になっており、整然と建物が並んでいる。
ただ、いくらハードウェアが整っていても、住んでいるのはインド人なので、リゾートエリアである海岸沿い以外は人ごみとか牛とかクラクションとかいったインド臭さが少々にじみ出ている。

それにしても、インド人の観光客が多く、海岸を歩いているのは殆んどインド人。
今までの感じからすると、こういった場所は欧米人が過半数だったので少し意外。
海岸は一応砂はあるものの、ビーチではなく、護岸用なのか岩で囲われていて泳いで楽しむといった感じではない(そのせいかも)。

ビーチっていうのかな?こういうの

それはさておき、朝起きたら波の音が聞こえるなんて(虫刺されの痒さや侵入者で目が覚める前の宿と比較すると)本当に天国。
というわけで、暫くここに滞在しちゃいます。
 


2008年 4月 7日


盗難未遂事件

午前5時5分

カチッカチッという異音を聞いて、目を覚ましたネコは『外の共同洗面所に人が向かったのかな』と思っていた。
しかし、しばらくすると、また『カチッ』と音がする。とても小さい音なので、通常だったら聞き逃すような音なのだが、何故か不安になり、がばっと起きてドアと窓のほうに目をやる。電気をつけっぱなしで寝ていたので、とりあえず部屋の状況は確認できる。が、何も無かったので、また就寝。暫くすると、またカタっという微音がする。起きて行って窓の外を確認しようかどうか迷ったのだが、ものすごく眠たかった事と、メガネがどこにあるかわからなかったので、確認はしなかった。

が、なんとなくふと目を開けたネコ。な、なんと部屋の中に人が侵入しているのを発見。

ドロボー!!

しばらく見つめ合うフタリ。声をあげるかとびかかるのか、一瞬判断に迷う。が、メガネがないので状況がよくわからない。これはもう大声をあげたほうがよいと判断。

ド、ドロボードロボー、ウニャアアァァー

自分でもなぜ考える暇があったのかよく分からないが、犯人を見た瞬間、『まさか人が入ってるなんて』という気持ちと『やっぱりドロボウだったか』という気持ちの両方が働いた。異音で何度か起きていたからだと思う。

その声で目を覚ましたリスに、『ドロボウ、ドロボウ、早く追いかけてー』というが、寝起きのリスはネコの悲鳴をゴッキーかなにかと勘違いし、ウワアアァーといいながら飛び起きて床を探している。

そこじゃねえよ、オイ

何度も『ドロボウ』を繰り返し、ようやく理解したリスが後を追うが、犯人は見当たらず。このとき、ネコは自分で追いかけようと思ったのだが、メガネが見当たらなかったので、裸眼0.02じゃあ無理、とリスに任せたのだ。が、よく考えてみるとリスも裸眼は0.02。たまたまメガネをかけたまま寝てたから良かったケド。

とりあえずホテルのスタッフというか、全員たたき起こしてやろうと思い、英語の『ドロボウ』と日本語の『ドロボウ』を繰り返し叫ぶ。するとスタッフと宿泊客がゾロゾロ集まってきた。ホテルのスタッフに、警察に電話するように言う。が、何をとられたのかとそればっかり聞いてくる。
『なにがとられたのかはそんなもん今分かるわけないやろー、これから確認するから、とりあえず早いトコ警察よんでよ』を繰り返し言うのだが、騒ぎをおこしたくないスタッフは、とりあえず自分達でしらべてから、と言ってとりあってくれない。

つーかそれよりなにより、部屋に人が入ってきたこと自体が問題なんだけど。

何をとられたか?犯人はたしか手に白いものを持っていた。それが何かはわからないけど、たしかに何か持っていたのだ。大急ぎで高価なものから順番に探していく。が、何も取られていない。あの手に持っていた白いものはナンだったんだ・・・。

《ここから先は事件を追ってみる》
部屋の鍵は下写真のとおり、内側から棒でロックするタイプのもの。前日の午後11:50分ごろ、リスが鍵が閉まっている事を確認して寝たことから、鍵は内側から確実にかかっていた。
また、鍵が壊された形跡も無い事から、犯人は外部からロックを解除して侵入した。

ロック ロック
当時、窓の鉄格子に覗き防止用として洗濯物を吊っており、外部に人がいるかの判定がしにくかった。
また、窓の鍵が上下とも壊れておりかからないため、開けて寝ても一緒かと思い、窓を(上段のみ)開けていた。
他に窓はなく、部屋を閉め切ると35℃以上の猛暑になる。

通常なら、窓に鍵がかからないこんな宿に宿泊は絶対しないのだが、前日までは同じ宿の別の部屋に泊まっていたのだ。
その日もその部屋に連泊する予定だったのだが、なぜか宿主がすでに他の客に予約させていたため、移動することになった。我々がここに宿泊しにきたときには、『予約はできないので、夜の8時くらいになったら多分だれかチェックアウトするだろうから来い』と言っていたのに、なぜ他の人の予約を受け付けたのかまったのかわからない。24時間チェックイン、チェックアウト制の宿なので、我々のチェックアウトタイムは夜の9時、連泊する事を告げたのは夕方5時だったのに。
ということで、部屋を換えることを余儀なくされた我々。夜の8時半にならないと部屋を交換できない、と言われたのでそれまで待って交換、すると窓に鍵がかからないこんな部屋だった。けれど、もう夜遅いし他に宿を知らないしで、移動するよりはいいだろうと思い宿泊。

それが間違いだった・・・

犯人の特徴
背は小柄150〜160cm。男。犯行当時、白のタンクトップとルンギー、もしくは短パンを着用してた模様。犯人を確認したときネコはメガネを着用していなかったので顔とルンギーに関してはややあいまい。が、髪に関しては黒くて少し長い、白のタンクトップを着ていた、ひざから下が見えていた、裸足だった、ということに関しては確実。

1.犯人の開錠方法
犯行当時、取っ手の部分は下に下げておいたため、開錠しにくいように思うが、窓から手を伸ばし、ボールペンのような細い棒を持っていれば、開錠できる事が判明。侵入直前にネコが『コン』とか『カチリ』といった音を数回聞いており、その音はリスが試しに外側から開けた音と酷似していた。

ご開錠

2.ロックの位置
外部からロックの位置を判定する事は下写真の通り不可能。鉄格子に頭は入らない。しかもロックは部屋によって位置が異なり、上についていたり下についていたりとあいまいなので、あてずっぽうで鍵の位置を探るのは時間がかかり、難しい。

窓の外から内側の鍵の位置を探るのは不可能

3.開錠のコツ
前述したが、開錠にはロック構造を知っている必要がある。しかも少しコツが必要で、棒を押し込む際に扉を外側に引っ張らないと開ける事は出来ない。押し込む部分のペンキ塗料(扉を塗ったときのもの)がはがれており、何度か押し込んだような形跡が見られ、練習もしくは以前に犯行を行っている可能性がある。

上記3点から推察すると、1泊や2泊の滞在者の可能性は低く、長期滞在者、その道のプロ、ホテルスタッフの可能性が高くなる。

長期滞在者の可能性
このホテルは、長期滞在者(主に労働者)も宿泊している。確認したところ1ヶ月ほど滞在している人もいた。しかし、前述したように、各部屋の構造は著しく異なっており(窓の有無やロックの位置)、同じタイプの部屋に宿泊していないと練習は不可能。そして同じタイプの部屋は少ない。

その道のプロの可能性
我々が、その部屋に移動したのは4月6日の午後9時ごろで、それまで別の部屋に泊まっていた。某ガイドブックに載っているので、日本人観光客はいるのだが、目当てにこのホテルに長期滞在するほどの価値はなし。宿の宿泊者のほとんどがインド人で、しかも宿代が安いのでお金持ちのインド人にめぐり合う可能性は低い。たまたまプロが宿泊していたのか?

外部犯の可能性
このホテルは夜になると玄関のゲートを鍵で閉めてしまう。以降もし宿から出たい場合、ホテルスタッフに頼んで鍵を開けてもらう。もし買い物(隣に24時間営業の店がある)で出たい場合は、約10分だけゲートを空けてもらえる
犯行当時、ゲートの鍵は4号室の住人が外に出る用事があったため開いていた
しかし、ゲートを開けるにはコツが必要。よく駐車場に設置されている、横に引くアコーディオン型の門のため、力の入れ方によっては開けるのが難しく、また、古いので開けると『ガリガリ』という音もでる。
犯行直後、犯人が外部逃げると思い、ゲートに向かったが、(上記理由で鍵はされていなかったが)ゲートは閉まった状態で、ゲートを開ける際の音も聞かなかった。

ホテルスタッフの可能性
当時泊まっていたホテルスタッフは2名(だと思う)で、一人は背が170cmくらい、もう一人は背が160cm以下(以降A)の男だった。
上に書かれた状況証拠に合致するのはホテルスタッフ以外考えにくく、ネコの目撃証言を含めると、外見からするとAの犯行である可能性が非常に高い。

犯行時間に関しても、Aが犯行を行った可能性が高い。その理由としては前述した4号室の住人が外部に出るには、寝ているホテルスタッフを起こして鍵を開けてもらう必要があり、その際Aが対応していた。つまりその時間Aは確実に起きていた。が、事件があったとき、もう一人のホテルスタッフよりも遅れて駆けつけている。

また、Aに関しては異常な行動を取っていた事が、同日別の部屋に泊まっていた日本人の証言で明らかになった。

Aの行動に関する証言
部屋に滞在中、急にドアがガチャガチャいって何かと思っていると、窓の扉が開かれ(この部屋の窓の扉の鍵も壊れていたらしい)しかも内側にある窓のカーテンをめくって中を覗いてきた
覗いた理由は『さっき掃除したとき部屋にスリッパを忘れたから』との事。その宿泊客は知らなかったのだが、部屋には本当にスリッパがあったらしい。ちなみにこの部屋は我々が被害にあった部屋と同タイプ。そして我々の部屋にも、なぜか『ホウキ』が机の下に置き忘れられている。
ドアの鍵は外から南京錠をかけるタイプなため、外から見て鍵がかかっていないと言う事は、中に人がいるということなんだから通常だったら覗かないハズ。しかもAはそこが日本人の女の子二人が宿泊していることを知っている。事件当日、犯人探しに他の部屋の客を全部たたき起こして調べる、とAが言い出してそれに従ったのだが、この部屋だけは日本人女性が宿泊客ということで犯人の対象外なため、調べなかった。

窓を閉めていたら犯行は不可能だったか
窓を開けて寝た行為自体には、うかつだったと深く反省しているが、たとえ閉めていても、上記日本人の証言から考えると、開けられる可能性がゼロではないと思われる。
このホテル、窓の扉のロック構造がおかしく、下段も上段も完全にロックする事が出来ない。しかも上段の右上(犯行を行ったポイント)の窓扉に関しては、下写真の通りロックすら付けられていない。

そして何よりも、前述のようにこの宿はドアのロックを外からかけられるタイプになっているため、自前の南京錠をかけてしまえば、鍵を壊さない限り外からは侵入できない。つまり、部屋に入るには『部屋の中に人がいるとき』しか入れないのだ!!

あるべきところに無いロック

アヤシすぎるホテルスタッフA。が、犯人がAだとするとどうしても腑に落ちない点がある。それは

ネコは犯人の顔をバッチリみているのだ(メガネをかけていれば、のハナシだけど)

なのにスタッフとして堂々と現れたのだ。ネコが犯人を『白いタンクトップにルンギー姿』と答えると、上半身裸でルンギー姿だったそいつは、なぜか着替えにいったけれど。
どちらにしろ、犯人にしては大胆すぎる。日本人がインド人の顔の区別がつかない、と思っているのか、日本人は目が悪いやつが多い、と思っているのか・・・。うーん・・・。アヤシサ満点だけど、納得もいかないなあ。

結局、『一番犯人像にマッチしている容姿のホテルスタッフA』が1部屋ずつ犯人を捜しに行こうと言ったので、各部屋を覗かせてもらう事になった。が、

みんな白いタンクトップにルンギー姿やん。。。

ホテルのスタッフがイマイチ英語が話せないので、一生懸命通訳してくれたおじさん達(背格好から犯人ではない)もいたし、宿泊客なのに朝の5時半にたたき起こされて、部屋に入られて顔をジロジロみられてるのにみんな怒らないし、で基本的にインド人はいい人なんだけどなあ。


翌朝、ホテルのオーナーに事情を説明し、この宿の問題(窓の鍵が閉まらないetc)を指摘したのだが、へらへら笑って『でも盗まれたものは無かったんだろ』と言ってきた。殺すよホント。

ちなみにここのホテルのオーナー、ちょっとアヤシイところがありまして、我々がこの宿に到着したとき、日本人は泊まっているかと聞くと、泊まっていないと答えた。が、実際は一人宿泊。その人はもう3日も泊まっていたとのこと。同じく、日本人女性二人組が日本人は泊まっているか、と質問したとき、オヤジは『日本人は泊まっていない。日本人はみんな1泊ででていくから』と言っていたらしい。そのとき我々はすでに2日泊まっていた。しかもその女性が『この名前の人は日本人でしょ?』とつっこんだにもかかわらず『そいつは日本人じゃない』といっていたらしい。んなわけあるかあ。メッチャ日本の名前やわ。サインも漢字でしてあるし。

やはり『インドの某ガイドブックに乗っている宿は、1年でドロボウ宿になる』というジンクスは当たっていたようだ。

盗られてないことは良かったけど、しばらくは『目をあけたらインド人が部屋の中にいる』という悪夢を見てしまいそう。
 


2008年 4月 6日


マハーバリプラム

本来ならばチェンナイから移動して滞在・観光する予定だった町 マハーバリプラム。
しかし、会う人会う人に日帰りで十分との感想を聞いたので、びびってしまい、結局我々も日帰り観光する事に。

昨日同様チェンナイのバスターミナル(CMBT)から2時間ほどかけて到着。マハーバリプラムは海岸沿いの街でちょっと歩けばすぐにビーチにたどり着く。

MAHABA6.JPG - 19,220BYTES

そしてこれが、マハーバリプラムの世界遺産『海岸寺院』だ!!

海岸寺院

・・・こういうのが『これ本当に世界遺産なの?』という見本であろう(と思う)。
広大な敷地を有するくせに明らかに小さい寺院。写真でみるとお伝えできないのが残念。
おかしいなぁ、某ガイドブックにはもう少し立派な解説の絵が描いてあったのになぁ・・・おーっと、これは再現図じゃないかぁ!!

入場料払わずに周りから見ただけでえらそうな事は何一ついえない身分ですが、拙者、周りからだけで十分でござる。

マハーバリプラムにあるもう一つの見所。『クリシュナのバターボール』

MAHABA2.JPG - 20,072BYTES チーズボール
ネコはキャンディみたいな包み紙に入っているあのチーズボールと勘違いしていた

おぉ、意外にでかいというか、横から見ると丸くないなぁ。
でも、本当につるっつる(滑り台に出来るくらい)の斜め岩の上に引っかかってるその姿は実に不思議。『ネコはこういう食べ物系、好きなんじゃない?』と思っていたらやはり食いついていた。普段写真を撮らないくせにいろんな角度でパシャパシャ撮ったり、上から岩を押してみたり。ちなみにこの岩、ゾウにひっぱらせても動かなかったという言い伝えがあるらしい。

しかし、このバターボール(?)公園。入場無料に加え敷地も広大で、そこらに奇岩がにょきにょき、岩肌にレリーフもあるし寺院もあるしで、むしろこっちの方がメインじゃないの?猿もヤギもいるし。

世界最大(?)のレリーフらしい

とにかく周りは暑いのだが、岩陰や木陰はかなり涼しく、木陰で一日中のんびりするのもなかなかいいかも。

ヤギとBB

マハーバリプラムの町にはくつろげるようなカフェとかもあったり、旅行者好みの服や土産物もあったりでとても過ごしやすそう。やっぱりこっちに移動するべきだったと少し後悔。
 


2008年 4月 5日


カーンチプラム

チェンナイから日帰りできる箇所にあるヒンドゥー教の聖地の一つカーンチプラム。

チェンナイのバスターミナル(CMBT)から2時間ほどかけて到着。

バス内から、60m程あるゴープラム(塔門)が森の向こうから見えてきて興奮してくる。
ここら辺のヒンドゥー寺院はどこも大体、開門時間が6:00〜12:00、16:00〜20:00頃で、お昼は閉まっていることが多い。
開門時間にあわせて、朝早起きしたのだが、なんだかんだで、カーンチプラムに到着したのは午前11:00頃になってしまった。

カイラーサナータ寺院
ガイドブックの説明によると、近郊の町マハーバリプラムの『海岸寺院』とほぼ同時期に造られた寺院で、モディファイされているものの、造形は似ているらしい。入場料・カメラ代はタダと書いてあったので、意気揚々とカメラを持ち込んで撮影!!なんて思ってたら25ルピーを請求された。おじさんは、『今年から取るようになったんだ』と言っていたが、どこにも書いていないため、丁度我々が入場する直前にカメラ代を請求する事にしたらしい。

カイラーサナータ

『レシートをくれない場合、バクシーシと思ったほうが良いだろう』なんてガイドブックには書いてあるし、レシートなんかくれそうにないし、かといってバクシーシはしたくないし、で、結局隠し撮りしました。すみません。

寺院自体のレリーフ等はかなり風化して、見分けにくくなっているものの、なかなか風情があっていい感じ。神殿内にいてたおじさんが、『入って来いよ』と手招きしたが、ヒンドゥー教徒しか入っちゃ駄目なんじゃないの?適当だなぁ、と、入場をためらってたら『バクシーシ』と言ってきた。そっちかよ!!

カイラーサナータ寺院を見終わったのが午前11:45。次に見たいエーカンバラナータル寺院の午前の開門時間は6:00〜12:30。
2箇所の距離が結構離れており、オートリクシャーを利用して、なんとか間に合った!!

エーカンバラナータル寺院
とにかく、見所は南のゴープラム。高さが60mあり、初めてゴープラムを目にしたリスは超興奮!!スゲー。

エーカンバラナータル ソロバン
ネコ『なにあれ?ソロバン?』
えーっと、どこを見てるのかなぁ?

プリー、ブバネーシュワルと涎もののヒンドゥー寺院を目の前にしながら入場することが出来なかった悔しさも相まって、(中心部の神殿を除く)寺院内の雰囲気にまたまたリスは超興奮!!この柱とか天井とか超いい感じ。マジスゲー。

回廊
ネコ『こーいうの別に・・・』
うーん、そうなのかなぁ。

リンガ
寺院回廊の周りにはリンガが置かれている

そして中心には樹齢3500といわれるマンゴーの神木が。なんと4つの枝から4つの味が楽しめるらしい。樹齢3500年は眉唾ものだろうけど、本当にマンゴーがなってるー。スゲー。

マンゴーの木
ネコ『4つの味って、憎しみと苦しみと悲しみと怒りの味かな』
えーと、全部負のアジだよね、それって。

なかなか、楽しめました。
ただ、ガイドブックで載ってる写真ほどは大きい感じはしなかったかな。
 


2008年 4月 4日


チェンナイ

タイのチェンマイ、チェンラーイ、チェンコンに名前が似てるので、どうもイマイチ名前に印象が薄いチェンナイ。どうせなら旧名のマドラスの方がインパクトあっていいのに・・・。

チェンナイセントラル駅

朝10時に到着してすぐにホテルを探しに行くものの、この辺り(ブバネーシュワルでもそうだったが)のホテルの悪癖ともいえるシステム、『24時間制(チェックインの時間から24時間、部屋を占有できるシステム)』+ インド人の旅行シーズンのせいで安宿はその時点でどこも満室。部屋が空くかは午後8:00頃にならないと分からないとの事。

他のエリアを探すのも面倒くさかったので、とりあえず荷物を宿に置いて市街をぶらぶらすることに。

チェンナイはインド4大都市の一つ。なのでマクドナルド等の西洋ファーストフード店くらいあるだろうと期待して、一番の繁華デパートにバスで向かうと、

アドバルーン
『おおっあったよ!!』

日本にいる時も赤白黄色ピエロの大ファンだった我々は超興奮。
M字マークのアドバルーンの下を目指して早歩きに。

いずこマクド
しかし、探せど探せど彼の姿はおろか、M字マークの店すら見つからない。仕方ないのでアドバルーンの下のビルの兄さんに話を聞く。

『マクドナルド?なにそれ?』
お前の真上にあるじゃねえか!!

通行人に聞けどもマックドナッルドの手がかりは皆無。
結局デリーからふわふわ流れ着いたバルーンを『なんだかヨクワカラナイけど、キレイな風船だべ』と現地人がものめずらしげに自宅の屋根の上にくっつけたのだと推察し、捜索終了。

マクドナルドは(見つけ出せ)無かったものの、チェンナイの町はコルカタとは雰囲気が異なり、より都会に洗練された感じがした(ベンガル人じゃないから?)。でも町の規模がかなり大きく、コルカタのサダルストリートのように、その周りだけで生活が完結するような所が無いので、長居するのは少ししんどいかも。
 


2008年 4月 2日


ブバネーシュワル

プリーは、鉄道コルカタ⇔チェンナイ路線から少し外れた地点にあり、直通でチェンナイに向かう列車が少ないので、見所としても多少気になっていた、上記路線上に位置するブバネーシュワルに移動した。

ブバネーシュワルの見所の一つ、リンガラージ寺院。プリーのジャガンナート寺院では寺院境内を覗く事すら出来なかった(やんごとなき理由→)ので、近くに見晴し台があるというこの寺院ならば、境内を覗けるだろうと期待していたのだ。

ガイドブックどおり、入り口を右に曲がると・・・おぉっあったよ!!これが見晴らし台か!!

見晴し台
と、我々の動きに合わせて、変な輩が見晴台の階段入り口にやってきた。
見晴し台に上がらなければ当然境内は見えないので登ろうとすると、

インド人『ホニャララの祭りをやるのに必要なお金の寄付を募ってるんだ』
我々『あぁそうなの』
インド人『ここに登りたいんなら、寄付してくれ』
と、おもむろに持っていたノートを見せる。

名前:○×△□・・・ドイツ人 寄付金額:300IRs
名前:×△□○・・・イギリス人 寄付金額:400IRs

ほうほう、ジャガンナート寺院と同じ手で来たか。
払う必要は無いとガイドブックに書いてあったけど、それでもめるのもうっとうしいので、お金で解決することにした。

我々『俺達が払えるのは(2人で)マキシマム10ルピーだ!!』
インド人『えっ?でもそれじゃ全然足んないんだけど』
我々『じゃあ一人5ルピーでいい?』
インド人『・・・OK。じゃあ二人で10ルピーで』

結局ジャパンマネーに頼って見晴し台に登りました。が、ノートへの記帳指示は無し。なんで?せっかく寄付してあげたのに。
見晴し台からの境内の眺めだけでも十分満足。うーん、中に入ってみたいなぁ。

リンガラージ寺院側面 リンガラージ寺院境内

でも暫くして、払ってやっぱり後悔した。どうせだったら、ノートに

名前:ネコ・・・寄付金額:IRs5-
名前:リス・・・寄付金額:IRs5-

と書いとけばよかった。
 


2008年 4月 1日


スーリヤ寺院

プリーから30kmほど離れた町コナーラクにある世界遺産『スーリヤ寺院』
普通の寺院と違って、車輪を模した台座の上に寺院が乗っており、まるで寺院全体が馬車のような感じと聞いて是非とも行きたくなった。

別名太陽寺院(Sun Temple)と言われるだけあって、是非、夕日をバックに撮りたい!!・・・なんて考えて昼過ぎに出発したのだが、この天気。

曇り
夕日どころか日中の太陽すら微妙・・・。

KONARK1.JPG - 20,305BYTES
スーリヤ寺院正面から

気を取り直して、寺院の敷地に入場する。

スーリヤ寺院 壁面 壁面のレリーフ
おぉ、すごい!!

これまで見てきたビッグサイズの寺院と比べると大きさは普通なのだが(それでも十分大きいけど)、その寺院を覆う彫刻に圧倒された。本当に気が狂ってるとしか言いようの無い細かさで、目に付かないところまで丁寧に彫られている。普段見ているインド人からは想像もつかない。

そして車輪!!

スーリヤ寺院 車輪 車輪 彫刻

寺院土台に設置された、24個の彫刻の巨大な車輪にこれまた彫刻。気が遠くなるなぁ。是非完全な姿を拝んでみたかった。
寺院にそれほど興味がないネコも、これには髭ピクのようで、リスのコンデジを借りてまで写真をバシバシ撮っていた。

夕日の時刻が迫ってきたものの、太陽は一向に姿を見せず、むしろより曇っていっている感じが・・・やはり今日夕日を拝むことは出来ないのか・・・。
帰りのバスの時間も迫っていたので泣く泣く帰る事にした。

そして、

バスからの夕日
晴れました。しかも超いい感じの夕日。

うわーん。
 


2008年 3月 31日


ジャガンナート寺院・プリー

全インド中から巡礼者が訪れると言われる、65メートルもの塔を持つ寺院『ジャガンナート』。
ヒンドゥー教徒しか入れないのだが、外見だけでも見たいと思い、ぶらぶら歩く。

ジャガンナート

おぉー、まだ寺院までかなりの距離があるのにもう見えてるー!!スゲー!!
寺院に続く道はものすごく広く、周りに市場やホテルや土産物屋が立ち並んでいた。

寺院の境内は、近くにある図書館かロッジの屋上から見ることが出来ると書いてあったので、とりあえず図書館に行く。

図書館からの風景
図書館2階からの風景

リス『屋上に上がらせてよ』
係員『こっちの奥だ』
リス『いくらか必要なの?』
係員『フリィー』
リス『フリー?無料?』
係員『ノーノー。フィー(Fee)』
リス『いるのかよ!!で、いくら?』
おもむろにでかい帳簿を取り出して
係官『ココに名前と、いくら寄付するのかを記入して』

どれどれ・・・名前:○△×□・・・500IRs・・・名前:×△□○・・・300IRs。ふざけんな!!

リス『ありえねぇ〜。バイバイ』
係官『待て待て。いくらなら払えるんだ?』
リス『4人でマキシマム10IRsだ!!』
係官『それは無理だ・・・せめて4人で20IRsでどうだ?』

交渉次第で多分4人で10IRs(むしろ無料?)になったと思うけど、めんどくさいので出てきちゃいました。

ジャガンナート寺院
仕方ないので、図書館内部から撮影。

プリーの町の海沿い側は、寺院街と対照的にのんびりとした雰囲気の漁村。カメラを向けると『撮って撮ってー』とわんさか人が集まってくる。少しバングラデシュに戻った気分。
ビーチも、海水浴(というか水かけ合い程度)とかクリケットをやったりと、和やか。

プリー海岸 プリー町の風景

寺院側に宿取ってなくてよかったー。
 


2008年 3月 29日


カーリー神殿

パラゴン ゲストハウスの情報ノートには、『ここで3000ルピー払いました。笑えません』『ここで1000ルピー払いました。笑えません』という書き込みがたくさんあったので、『どういう状況でそんなにお金とられんのー?ナイフかなんかで脅されんのかなー?』と思っていたネコとリス。ということで、そんなんやったら面倒臭いし、と敬遠していたのだが、理由を旅人に聞き、安心したので訪れることに。

どうやらここでお金を取られている人は、自ら払ってしまうらしい。手口は以下の通り。
人づてに聞いた話だと、仲良くなったインド人にここを案内され、そのときにここでインド人が1000ルピー払って見せるらしい。そして『ここはとっても神聖なところだから、寄付しなくちゃいけないんだ』てなことを言われ、『インド人も払ってるし、払わないと』と思って払ってしまうらしい。そんなんで普通1000ルピー(約2500〜3000円)も3000ルピーも払うか?と思うのだが、ひっかかってる日本人が多いようだ。まあ、我々はそんな大金もってませんケド・・・。
毎日ヤギを生贄に捧げるので、お金がかかると思うんだろうか。

そんなこんなで、寺院に到着。内部は撮影禁止なので、外部から。ちなみにこの寺院の横にマザーハウスの『死を待つ人の家』がある。ここを見学したかったので、寺院はついでだった。

マザーハウスに関しては、『死を待つ人の家』という感じではなかった。

みんな元気そうで、ベッドに座って山盛りに盛られたご飯を食べたり、フィットネスクラブにあるような足で漕ぐ固定式のバイクがあり、バイクを漕ぎながらボランティアの人に肩を揉んでもらったりしていた。最近のインドも豊かになって、もう路上で死ぬ人は少なくなっているのかどうかは分からないが(路上で寝てるのか死んでるのかよく分からない人もいっぱいいるし)、『死を待つ人の家』というよりは、『死にかけていたり怪我したりしてた人が助かって、今から社会復帰するためにリハビリテーションしているところ』といったような感じだった。
周りには路上生活者がたくさんいて、物乞いが多い。

KOLKATA1.JPG - 20,118BYTES
カーリー寺院

KOLKATA2.JPG - 20,150BYTES
おそらく明日の生贄のヤギ。リアルに痛々しい

カーリー寺院への入場は、なにごともなく終了。靴を脱いで入らなければいけないのだが、ヤギの血らしきものがたくさん落ちていた。中は敬虔な信者が一生懸命参拝しており、お金をとられたりすることは無かった。

カーリー女神
近くの路上に描かれていたカーリー女神の絵。怖いなぁ

観光客は早朝に行われる、生贄のヤギの解体ショーを見に来るらしいのだが、最近時間はまちまちらしく、我々が行ったときには『まさに今皮を剥がされました』というヤギがつるされていた。見る気がない人、見たくない人、気をつけましょう。みてしまうかも知れません。
 


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