猫足跡
2008年 8月 11-13日
痒い!!ゴールデンテンプル内にある、巡礼宿には外国人専用のドミトリーがあり、宿泊料金はなんとタダ!!(もちろんドネーションはある)というか外国人パッカーはほぼそこへ泊まるため、他の宿はほとんどのってない。我々も勿論この巡礼宿に泊まったのだが、悲劇が起きた。夜中3時頃、痒さで目が覚める。腕・腹に数箇所噛まれた跡がある。最初は蚊かと思ったのだが、電気蚊取り線香やらその他蚊よけグッズをあたりに撒きまくっていた事と(蚊にとって最悪の環境下だったようで、至る所で蚊は死んでいた)、痒さが半端無かったのでその可能性は低いと判断。痒み止めとして日本からムヒを持って来たのだが、運悪い事になんとムヒが切れてしまった。確かもう1本ストックを持ってきたはずなのに〜!!医薬用の痒み止めを塗るが全く効果なし。やはりムヒは偉大!!結局それから3時間ほど痒さと格闘して、疲れきった午前6時頃ようやく就寝。ダニかもしれないのでマットを変えようとめくると、あの悪魔のように赤茶けた虫を発見。まさか・・・これは・・・ななな南南南南京虫!?しかし、見たのは死骸のみで、動いているのはいなかった。とりあえずマットを変えてもらいに行くと、大きな倉庫に無造作に山積みにされたマットから一枚引っ張り出してくれた。で、交換対象のマットは再びマットの山へ放り投げられた・・・これって変えた意味あんの?突っ込むのも面倒臭かったので、今度はシーツを洗濯機(無料)で洗う。これで今日の夜は快眠のはずだ!!夜中3時頃、痒さで目が覚める。首の後ろと肩を数箇所噛まれた跡がある。マット&シーツを変えても無駄なのか!!またまた3時間ほど格闘して疲れきった午前6時頃ようやく就寝。もはや他のベッドに移動する以外に打つ手無しと判断した我々は、虎視眈々と他の空きベッドを探すが、次から次へと来る旅行者に先を越され移動する事が出来なかった。仕方なく、長袖・長ズボン・靴下・帽子と肌を覆える場所を全て覆った状態で就寝。どこからでもかかって来やがれ!!夜中3時頃、痒さで目が覚める。腰に数箇所噛まれた跡がある。寝返りをうった時にできた衣服の隙間をピンポイントで爆撃された模様。そして顔にも。まったくなんて奴らだ。廊下で痒さに身悶えていたら、管理人のおっちゃんがあっちに空きベッドが出来てるからと示す。どうやらその周りの外人は大胆にもパンツ一丁で寝ているので、噛まれる心配はない様子。3日間ロクに寝てないので、布団にダイブすると同時に就寝。宿を出た後も痒さは全く引かず、パキスタン ラホールの宿で知り合ったTSUTOMUさんに借りた液ムヒで何とか持ちこたえる事に成功。ムヒ本当に偉大!!【その後の巡礼宿(予想)】翌日出発しようと荷物を詰めていたところ、背中に巨大なタンクを背負ってマスクをしたゴーストバスターズのような姿のおっちゃんが入ってきて、ヤバそうな薬品を大量にベッドに撒き始めたので、多分奴らは死滅したと思います。
2008年 8月 11日
アムリトサル町へ向かうバスからすでにターバン着用人口が増えてくる。ウソつかない&騙さない&盗まないインド人として知られる?シーク教徒。特にインド国内でいろいろな意味で絶大な信頼をおかれているシーク教徒だが(実際インド人ですら、ターバン着用リクシャーには見つけ次第すぐに乗っていた)、ここは彼らの聖地である。その中心にあるのが、シク教の経典を納めた建物があるハリ・マンディル(ゴールデンテンプル)。この区域はシク教徒じゃなくても、頭を覆う布(無料貸し出し?)+履物を入り口で脱げば(無料預け所がある)誰でも入ることが出来る。ハリ・マンディル内部の写真はさすがに撮らなかったが(撮れるのかどうかは不明)、博物館を除くその他のエリアは三脚を立てようが何しようが撮影は自由なので、訪問者は気軽に建物や巡礼者の写真を撮っていた。入り口の溝で足を洗う建物は英名ゴールデンテンプルの名の通り本当に金色。ラオス ビエンチャンの寺で見たようなまやかしの金(むしろ黄色)ではなく、日に照らされると反射がまぶしい。周りの白い建物と、周りを覆う池とのコントラストが実に美しく、常に寺院内に流れるシク教の歌(どうやら生演奏)が心地よい睡眠効果を促しているようでそこらで人が寝ていた。寺院は夜中遅くでも巡礼可能で、ひっきりなしに人がお参りしていた夜のゴールデンテンプルも本当にキレイが、本日町をウロウロしていると、サイクルリクシャーに乗っているのに痴漢にあった。わざわざ手のひらでお尻を触ってきたので確信犯、痴漢だーとさけび、リスが全速力で追いかけるも、街中は雨が降ったあとだったためひざまでの浸水。あとちょっとでつかまえられるというところで、すっころんでしまい結局つかまえられなかった。町の人がドロボウと勘違いして『あっち逃げたぞ』と教えてくれたり一緒に走ってくれたりしたのだが、ドロボウじゃなく痴漢だと知るとガッカリした様子。あんたらの国で痴漢にあったら袋叩きやろうが。ドロボウよりもビックプロブレムじゃ。外国人かて嫌なんは一緒やっちゅうねん。と、不愉快極まりなく、その後思い出してはムカついて夜も眠れなかった。ガイドブックなどに、インド人に暴力をふるうとだめだとかかれていますが(あとで集団になって殺しに来るため)痴漢は別。本人も悪いと知っているのでもちろんビンタOKです。が、一番は町の人の同情をかってボコボコにしてもらうことでしょう。ちなみに奴らにとっては握手も痴漢と同じです。握手だと堂々と相手の同意の上で手を握れるのでやたらと求めてきますが、両手を合わせて『ナマステー』でOKです。はああ、マジムカツク。切り落としてやりたい。
2008年 8月 10日
フリーチベット!!北京オリンピック開催に合わせて(頻繁にやっているのかもしれないが)行われていたデモ行進。ダライ・ラマ法王は、遊説中(ムンバイ→アメリカ)という事で、現在ここにはおられないとの事だったが、チベット僧・チベタン・旅行者がマクロードガンジ内を中国政府に対する抗議声明を叫びながら練り歩いていた。 町にはオリンピック開催抗議に関するビラが各所に貼られていたワンワールド・ワンドリーム、今回の北京オリンピックの標語であるが、中国以外はオンリーチャイナのドリームと思っているぜ、と。
2008年 8月 8日
マクロードガンジの観光地街中のチベット寺。窓枠がはまってなかったり、内部が未塗装だったりとまだ未完成のようだった。Kalacha寺院ダライ・ラマ法王の公邸が同じ敷地内にある。たくさんのチベタン僧と一般人が参拝(っていうのかな?)していた。インド人観光客も大勢いて、不思議そうにマニ車を回していた。が、インド人観光客は我々外人、というより外国人の♀をみつけると一緒に写真を撮ってくれとうるさい。一体あんたらなにしにきてんの?Dal湖マクロードガンジから3km程離れたところにある湖。でも湖というより池程度の大きさ。なによりその茶色っぷりに驚かされる。池にはチャイナで見たことのあるデザインの足漕ぎボートが2艘あり、家族連れが楽しんでいた。Bhagsu-Nath寺院 沐浴所じゃないよね?2km程離れたバーグス村にあるシヴァ寺院。この付近の土産屋で浮き輪を売っていたので、何に使うんだと思ったら寺院の前になんとプールがあった。湧き出る聖水で泳ぐ事の出来る唯一の施設ではなかろうか。たくさんのインド人男性がブリーフ一丁になって泳いでいた。バススタンド。夜中でもなかなかの賑わいを見せていた。周辺にはタンカや仏像といったお土産品(?)を始め、食料品やカバン、靴など何でも揃いそうな感じだった。
2008年 8月 6-7日
ダラムシャラへリシケシュからダラムシャラへの直行便は無い。ダラムシャラには鉄道駅が無いので、バスでもと思ったが、どうやら一度ハリドワールに出ないと無いらしい(しかもローカルのみ:13時間)。外国人旅行者にとってはゴールデンコースともいえるような路線なのになぁ。リシケシュの鉄道駅。何撒いたか知らないけど塩素臭かった仕方ないので、リシケシュから午後発のジャンムー行きの列車に乗り、チャキバンクという町まで行く。しかしACクラスは満席、SLクラスも残り数少なめという結構混み合った路線だった(SLクラスで最初にチケットチェックを受けた時に、このクラスはデンジャーだからくれぐれも気を付けるようにといわれた。どうデンジャーなのか教えてくれぃ!!)。チャキバンクについたのは夜中3時頃だった。ある意味本当にご苦労さんなのだが、例に漏れず駅前にはリクシャー&タクシーが群がって『ダラムシャラまで行くのか?』と聞いてきた。ダラムシャラってこっから結構ある(約85km)のにいくらで行くんだ?と聞いたら、1350INR/台だと言ってきた。丁度他に外国人旅行者が2人いたので、じゃあ4人でシェアしたら一人頭300ちょっとか・・・距離と早朝手当てを考えると・・・なんて考えてたら、車の定員は1台2名だ!!と言ってきた。あ、ごめん、バスで行きますわ。バスに乗ること3時間半、あちこちで崖崩れして、途中バスが渡れない橋を通過するために、バスを乗り換えてようやくダラムシャラのバスターミナルに到着。雲海+朝焼けというキレイな風景だったが、おねんねモードそれまでの風景では、見かける人々は皆インド人、町の風景もいつものインド風で本当にこの先にチベット人が暮らしているの?と、半ば不安になったが、別のバスから大勢のチベット僧がぞろぞろ降りてきた。おぉ、よかった。さらにジープに乗り換え、チベット亡命政府本拠地があるマクロードガンジへ。山の斜面に貼り付くように建っている建物と、山にかかる雲、おぉ、超いい感じじゃん。チベットというと、昨年の冬にカイラス(カンリンポチェ)をコルラしているので、なんだが懐かしい。顔が似ているせいなのか、仏教だからかなんなのかわかんないけど、チベット文化圏にくると妙に落ち着く。
2008年 8月 4日
リシケシュへヨガ発祥の地 リシケシュ。前回腰痛で日本へ一時帰国してしまったネコは、体験ヨガをやる気満々だった。が、出発前日に風呂場ですってんころりんして、頭と腰を強打、かつてないほどデカイたんこぶを後頭部につくってしまった。というわけでヨガは中止。なんのためにリシュケシュきたんだろう・・・。某ガイドブックによるとリシケシュでは、バラナシでの真茶色の印象しかないガンガーが、"美しき青き”ガンガーらしい。別にガンガーマニアとかじゃないけど、川沿いに泊まるんだからそりゃキレイなガンガーの方がいいに決まっている。が・・・美しき青きガンガーじゃなかったっけ?雨季だから?俺達がはるばる沐浴しに来たのリシケシュだよな? いや、ここはバラナシですぜ兄貴待ち受けていたのは、バラナシと寸分違わない真茶色のガンガーだった。やっぱりガンガーはこうじゃなくっちゃね。いやむしろこっちの方がガンガーらしくて落ち着くよね。な訳あるか!!流れもめちゃくちゃ速いし、水位も高いように感じる。これって雨季だからなのか?ヨガは出来ない、ガンガーは青くない、見所はない、リクシャーはぼってくる、何でここに来たんだ!!と最初は後悔したが、暫くすると町のゆるーい雰囲気に呑まれて、まったりモードに切り替わった。あ、やっぱりいいかも、ここ。リシケシュ一番の見所?ラクシュマンジュラー橋近辺体調が完璧なら、だらだらヨガのアーシュラムに通うってのもアリかな。
2008年 8月 3日
F1 ハンガリーGPアーグラで泊まった宿に、たまたまテレビが付いてたので、ラッキーと思ってF1を見ようと思ったら、電源がつかないただの箱だった。『この部屋にはテレビも付いてるんだぜ』とか言ったくせに!ていうか壊れてるなら直しとけ!!結局今回も見れず終いかと半ば諦めて、デリーの宿に泊まったところ、テレビがついていてしかもタイミングよくF1の再放送をやり出した。おぉ、なんてラッキーなんだ!!1日差でタージマハル入場料タダを逃す開運法の効果が現れたようだ。ハンガリーのハンガロリンクは抜きにくいコースなので予選で決まりだから・・なんて思って流し見しようとしてたのだが、予想外の展開でなかなか面白いレースだった。でもトップを走っていたひいきのマッサが、残り三周でリタイア。泣きそうになった。でもトヨタが2位になったのでいっか。前のレースでホンダがつけてたノーズ上部のウイングをマクラーレンも採用していた。空力的には意味があるんだろうが、カタツムリみたいで非常に格好悪い
2008年 8月 2日
タージマハル2世界遺産 タージマハル。歴史上・建築上・芸術上、いろいろな観点から見てもインド随一の建造物である。でも、高すぎインドの他の世界遺産で現地人価格と外国人価格が違いすぎるという事は以前のブログでも触れたが、37.5倍というのはさすがにやりすぎじゃないのか?(インド人20ルピー:外国人750ルピー)で、この入場料の内訳だが、入場料は250ルピー、これにインド考古学局に払うADAというのが500ルピー。考古学局に払うお金って普通国民が払うもんじゃないの?いちおうこの500ルピーを払うと、他のアーグラー城などの見所でも使用することができて、アーグラー城の入場料250ルピー+ADA50ルピーのうちの50ルピーを払わなくていいのだが、当日限りしか有効ではないので、1日で観光しないといけなくなる。インド政府が外国人がどれだけ金持ちなのかをどう理解しているのかは不明だが、750INRというのは外国人にとっても安い値段ではない(日本円で約2000円)。そもそも500ルピーもだせばかなりいい宿に泊まれるので、感覚的には2000円は日本の一万円(もしくはそれ以上)くらいの感覚なのだ。一番近い無料見学エリア。でもうろついてるガキに100ルピーと言われる。もちろん無視しかしそんな事より、この価格差が現地人に悪影響を与えている事が問題であるように思う。インド人が20INRに対し、どのような価値観を持っているのかは知らないが、彼らにとっての20INRは外国人にとっての750INRとイコールであると勘違いしてるんじゃないの?と思える節が多々あるのだ。この周辺の土産物屋はぼったくり価格を言ってくる輩も多く、通常40ルピーで買える小冊子を150ルピーなどと言い、すぐにスモールマネーと言う。これって日本を含む他国の支援によって修復や保存をしているアンコールワット3日間の入場券を45ドルで売り、さらに現地人が水やパイナップルを1ドルと言い、おまけにそれをスモールマネーと言うカンボジアと全く同じ現象じゃない?我々にとって100ルピー(約260円)は確かにたいした金額ではないかもしれないが、少なくともインドで100ルピーはスモールじゃないし、食堂で食べるターリー(定食)が1食20ルピー、チャイは1〜5ルピーなのは外国人も知ってるっつうの。ちなみにタージマハルの周辺からちょっと行ったところは、かなり貧しそうな感じだった。現地のリクシャー(チャリタク)乗ってる人とか、5キロこいでも30ルピーとかしか稼げないのに(それでももちろん外国人料金、現地人はもっと安い)、さらに交渉する外国人にいい気がしないだろうなあと思う。現地の貧しい人達は外国人のことをどう見てるんだろう。そもそも、外国の資金援助で遺跡の保全や修復をしているのに、更に外国人から入場料で金をふんだくろうとする体質が気に喰わない。地域には全く還元されてないし、一体そのお金を何に使ってんの?と言う感じ。これなら外国人料金を設定しているものの、差がそれほど顕著でない中国の方がまだ評価できる。リクシャーワラーの話によると、外国人観光客(ここで指すのは概ねパッカーだが)は外から見るだけで中に入ろうとする人が減っているので、料金の見直しを考えているらしい。あたりまえだっつうの。ヤムナー川対岸から見たタージマハル(ちなみにここの裏にはブラックタージが立つ予定だったと思われるところに100ルピーの有料エリアがあるが、それを左に見て先に進むと牛やヤギの放牧をしているタダ見エリアがある)と、その辺で牛を放牧していたおばさんホテルの屋上から写真を撮った時に見たのだが、入場者はインド人100人に対し、外国人2人と、殆んどインド人の観光客で溢れていた。ホテル周辺や界隈には外国人の姿をしょっちゅう見かけるのに。安かったら毎日見に行けるけど、さすがに1回しか入らないだろうから、あんまりここでゆっくり滞在する人はいないようだ。道を歩いているとインド人を満載した我々が乗ったことも無いような豪華なツーリストバスが通るのをよく目にする。今の我々よりもはるかにいい物を食い、いい所に泊まり、快適に移動しているにもかかわらず、彼らの入場料はたった20INR。裕福層から取らないから、一般人の生活がよくならないんじゃないの?噂ではたしか前はもっと高かったとか?なんだかんだ文句言ったわりに、結局入りませんでしたタージマハル周辺の観光地の入場料ももれなく高い。全てまわるとなると1000は軽く超える感じ。どこもノートの切れ端みたいなものに手書きで『250ルピー』と書いてあるものが貼ってあって、最近一斉に値上げした模様。結局入らなかったが、ジャイプル・デリーで同じような遺跡に入った経験から、価値はあまり無いと思い入らず。日本人の感覚からいくと、修復後値上げすると思うのだが、どこもかしこも値上げしてから修復するため、我々がこれまで入ったところは、倍以上値上げしてるのに、見所は修復中になっていたとこが多かったのであほらしい。近くにあるアーグラ城。入り口で写真を撮って終わり。次お金のあるときにタージに入るからいいや
2008年 8月 1日
アーグラアーグラに付いたのは金曜だった。タージマハルが金曜休みと言うのもあって、やや閑散とした雰囲気のタージマハル周辺だったが、たまたま知り合った日本人の人から驚くべき情報を聞いた。『昨日、タージマハルの入場料が無料でした』
なぁぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃ!!マジでぇぇぇぇぇ!?
話によると、皇帝シャー・ジャハーンの誕生日だったとかで、7月29・30・31日の3日間、入場料がタダだったと言うのだ。外国人入場料が750INR/人という、現地物価からして空前のボッたくり遺跡であるタージマハルがタダなんて・・・しかもたった1日でそれを逃したとは・・・
ド畜生!!この辺の宿の屋上からはほぼもれなくタージマハルが見える(ちなみに夜ライトアップすると思って期待してたら、満月の日だけ実施?らしく真っ暗だった。2度ガックリ)
2008年 7月 30日
イランビザ日本に一時帰国した際、イランビザがないとトゥルクメニスタンのトランジットビザが降りなかったとの話を旅人から聞いていたので、イランビザを取るために日本大使館のレターを貰いに行く事に。 相次ぐテロで警戒しているかと思いきや、無防備丸出しだった国会議事堂&大統領官邸付近。地下鉄とか駅は撮影禁止なのに、ここは撮影OKだったインド門までの道。さすがイギリスが整備しただけあって、この周辺だけ見ると本当にインドっぽくない暑いデリーで日本大使館の冷房は極楽だった・・・のだが、係員『空路入国をされない場合レターの発行は出来ません』えぇーそんなぁ(やっぱりな)係員『パキスタンからイランに入るルートは現在非常に危険な状態なので、陸路での入国にあたってのレターは発行出来ません』ネコ『でも私達はトゥルクメニスタンからイランに入る予定なんですけど・・・』係員『どこから入ろうが、陸路での入国の場合のレターは出せません』うーん、さてどうしたものか。もういっそうのことトルコとかまで飛んじゃおうかな?
2008年 7月 29日
デリーようやっとデリー イン。各旅人からデリーの悪評を聞きまくっていたのでかなり警戒していたせいか、実際のデリーはこれまでのインドの町とあまり変わらない気がした。といっても、ニューデリー駅前のメインバザールは久しぶりの下町というのもあって、汚い印象を受けた。 ニューバザール付近。パッカー御用達(個人的にはインド旅行必須)のクロックス似のサンダルもここなら買える鉄道のチケットを買うために、ニューデリー駅に向かう。『駅前にはうそつきが多く、変な旅行代理店につれていかれるので注意』というガイドブックの情報どおり、怪しい客引きに気をつけて、駅の関係者以外に話を聞かないようにしていた。ニューデリー駅の2階にあると情報を聞いたので、入ろうとすると、おっさん『チケットはどこだ?』あぁ、ここはプラットホーム入り口なのか。最近インドもテロが頻発しているから警戒してんのかな?と、リスは疑うことなく駅関係者と思っていた(ネコは最初から偽係員と気付いていた)。リス『外人窓口にチケット買いに行くんだよ。この駅の2階にあるんだろ?』おっさん『それは2ヶ月前の話だ、ここには無い』リス『はぁ?さっき、(インド人用)チケットカウンターでここにあるって聞いたんだぞ?』おっさん『なんだと?どんなクレイジーが言ったんだ?今の場所はここだ』と、人のガイドブックを勝手につかんで、コンノートプレイスのDTTDC(旅行代理店)をボールペンでかこった。どうみても偽者なのに、一向にそのおっさんから離れようとしないリスに業を煮やしたネコがネコ『そいつ、制服きてないじゃん』と一言。ほ、ほ、ほんとにゃぁあああ!!偽者やんこいつ!!てか、オッサン誰?
長い間インドを旅したくせに、こんな奴にまんまと引っかかった自分が悔しくて、リスはその後一日悶々としていました。町は汚いけど、空はすごくきれいだった