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ラオス ビエンチャン → ヴァンヴィエン → ルアンパバーン → フェイサイ  までのブログ

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2007年 5月 6日


国境の町フェイサイに着いたのは結局12時を過ぎていた。
情報によるとここはラオス一物価が高い町らしい(実際はそうでもなかったが)。
本当はすぐに国境を越えてタイ入りしても良かったのだが、メコン川の夕日が見たかったのとあれだけの苦労をして折角来たんだからと言う理由で一泊することに。

…書くことが見つからないくらい何も無い場所であった。

が、とりあえずのラオス最終日だから、豪勢な飯でも食うかと意気込むも残りK(キープ)を計算した結果いつもの飯を食うことに。
暇だなぁ、と昼飯を食っているとランクルに乗った一群が店の前にぞろぞろと降り立ってきた。興味をそそられたので聞いてみると、どうやらここから出ているツアーに行った様である。
ツアーの内容は樹の上にある家で泊まりながらジャングルで遊ぶと言う企画らしかった。2泊3日で150US$/人もする高額ツアーなのだが、みんな超々満足そうで『是非行った方がいいよ!!』とのこと。
飯代ですらケチっている身であるから当然そんなツアーに行ける筈もなく楽しそうな写真を見せてもらい満足。

気になった方は下記アドレスへ

www.ecotourism.laos.com

とりあえず、一泊までして撮影したメコン川の夕日をドウゾ。

メコン川の夕日
 


2007年 5月 5日


ハノイ→ビエンチャン、ヴァンヴィエン→ルアンパバーンと長時間バスに揺られて思ったことがある。『もう、どんな種類のバスに乗っても余裕だな』と。
しかしそれは大きな間違いだった。

序章
事の始まりはルアンパバーンからフェイサイまでの移動手段の決め方だった。通常、メコン川を行き来するボートを使用するのが一般的なのだが、
スローボートのチケット代が一番安かった旅行代理店で旅行手引書『ロンリープラネット2005』に載っている値段の約1.5倍(20US$)近く、スピードボートにいたっては約10US$の値上げ(35US$)であった。
たった2年でえらい物価の上がり様である。
ビザの有効期限もそれほど残っていないし、懐の寂しい我々は非常に悩んだ結果、とりあえずバス停に行ってフェイサイ行きのバスが存在するかを確認しに行こうということになった。
レンタチャリを借りてバスターミナルへ向かう(ラオスのバスターミナルはほとんどの街で中心から2〜10km離れた超辺鄙なところにある)。

午後2時にバスターミナルに着いて受付のおじさんに聞く。
『フェイサイ行きのバスあるよ』
『いつ出るの?何時間かかるの?』
『今日の夕方5時。むこうに着くのは午前10時頃だね』
『次の発車は?』
『週3回しか出ないから、火曜(5/8)だね』
『(ビザの有効期限は木曜までなんだよな)…どうしようかな…』
『値段は140000K、ボートで行こうとしてるのか?でもあれは高いだろう。2日かかるし、ホテルに泊まらんといかんし(一度パクベンという街で降りてホテルに泊まらないといけない:当然別料金)。
その点バスはいいよ。安いし、バスの中で寝れるし』
『・・・わかった、ちょっと考える』
といいながらも、ホテルに帰る途中に考えは決まっていた。
ホテルに着いたのが午後3時。急遽ホテルをチェックアウトして再びバスターミナルに戻ってきたのが午後4時半。
ヴァンヴィエンでのドタバタの教訓は全く生かされていない。

第一章
バスの出発はいつも通り30分遅れの午後5時半。
席はガラ空きで1人で2シートを占領出来てしまう有様。
ラッキーと思いつつも、ハノイからのバスのように途中からわんさか乗ってくる可能性もあるため、油断は禁物である。
と、ふと前のシートの編み袋を見てみるとなにやら布っぽいのが挟まっているが、まさかと思い2度確認。結果、どう見ても

脱ぎたてのブリーフ

一体どういう状況に追い込まれて脱いでしまったんだ!

そもそもなぜブリーフはあまりキレイでない印象があるのか。
トランクスも用途は同じなのに。
持論によると『ブリ』という名称がいけないのではと考える。
ブリトニー・○ピアーズ、ブリリアント・・・どれも全く汚いものではないのだが『ブリ』が何故か印象を悪くさせるのである。
よって、以降はブリーフではなくフリーフと呼称する事にする。
誰のフリーフか知らないが全く持って迷惑な話である。つまんでどこかに移すなんてもっての他だし、ふとした拍子に外れて足の上に落ちて来る可能性もある。
とりあえず2シート確保状態なので、足が触れないようにリラックスな姿勢で乗ることに。
しかし体勢を色々と変えているうちに、ふと目を覚ますと顔の横にフリーフが。

あぶねえ!!

第二章
午後9時半。どこの町か知らないがバスが停留し追加の客(一家族:親2人+子供4人)が乗ってきた。やはりスムーズには行かないものである。さっさとブリーフの席を明け渡して、1人1シートの状態に。
さすがに通路にまで人が乗ってくる様子はなかったので一安心しながらも、ここはラオスである。油断は禁物なのである。
再びバスが発車し、うとうとと夢見心地に・・・ガタン!! 夢見心・・・ドゴッ!! 夢見・・・バギッ!! 夢・・・グアシャンッ!! 

寝れねぇ〜!!

どこ走ってんだよっていう落下のような衝撃と、そんなスピードで走るなよってくらいの曲がり道の連続で、本当に生きてフェイサイに着けるかどうかすごく不安になる。

第三章
相変わらずのデコボコ道で、ついに追加で乗ってきたブリーフ席の娘が耐え切れずに嗚咽。たまらず我々の前の席の親父も嗚咽。そのうち気持ち悪くなった客が窓を開け始める。
外からは昼の猛暑と比較にならないくらい極寒の風が舞い込む。しかも開けている本人よりも後部に座っていた我々のほうを直撃するのだ。本当に油断は禁物である。
タイで売ることを決意していた(使用してないので)少し匂うパーカーを引っ張り出し着るも効果薄し。今寝たら事故よりも先に凍死しそうである。
我慢の限界に来た我々は窓を強引に閉める事を決意。一安心。
と、思ったら『勝手にしまったのか?』と思った客がまた全開。

寝れねぇ〜!!


第四章
バスの後部は胃酸のにおいとなぜかアンモニア臭が立ち込めている。4人の子供のうち、2人は赤ちゃんと2歳くらいの子供なので、どっちかが漏らしたってことだ。ここにいるだけでももらいゲロしてしまいそうである。
バスは午前4時ごろ再び停車し、半分くらいの人数がバスを降りる。
チャンス!!
とばかりに前のほうに席を移動することに。再び1人2シートを占領しようやく寝ることに。(ちなみにバスの荷物運びをやっている少年は我々のうず高くつまれた荷物の上で毛布をかぶって熟睡している)
浅い睡眠を3時間ほどしてふと目を覚ますがまだバスは動いていない。
まぁ、午前10時に着くって言ってたから後3時間でつける距離の町なんだろうと思い、うとうとしているとようやく運転手が出発した。
ふと窓の外を見ると『ルアン・ナム・タ警察署』の文字が。ルアンナムタ、ルアンナムタ、ルアンナムタ・・・おいおいまだ半分じゃねぇか!!
目の前の現実が未だに受け止められ無い我々を横目に、同乗していた外人が騒ぎ出し、
コ・ドライバーに尋ねに行った。

『ここはルアンナムタか?』
『そうだよ』
『俺達はルアンナムタで降りるってチケット見せたじゃねえか!!』
『分かった分かった。今停める』

と、バスは急停車。ルアンナムタで降りるっつってたのになんで言わねぇんだよと悪態をつきながら3時間程無駄にした外人は降りていきました。南無。

最終章
ルアンナムタからフェイサイまでの道は一部グラベルな部分があり、トラックがひっくり返っていたりバスが横滑りしたりなどあるが、以降はラオス国家プロジェクトの道路舗装のおかげもあって順調に進んだ。(少数民族らしき集落を幾つも超え、かつ見晴らしの良い高原を通るので万全の体調で乗るのなら結構楽しい)

ラオススカイライン
 
しかし最後の最後に試練が待っていた。
バスはまた辺鄙な場所に停車。トイレ休憩か?と思ったらどうもそうでは無いらしい。
『ここがフェイサイか?』
『そうだ。降りてくれ』
言われるがままにバスの外へ。
しかし地図を見ても風景を見ても自分が何処にいるか全く見当がつかない。地図にはバスターミナルまでは2Kmと書いてあったので仕方なく町があるらしき方向に向かって歩くことに。
途中Tuktukのお兄さんが声をかけてきた。

『ヘイ、トゥクトゥク!!』
『フェイサイの町に行きたいんだけど今どこか分かる?』
『町まで8Kmあるよ』
『8Km!? 2Kmじゃないの?』
『いや、8Kmだよ』

ベトナム以降、人を素で信用することを止めた我々だが、これまでのラオス人は嘘を付かなかったので信じて乗ることに。
すると、進むは進むは本当に8Km近くあった。
人を信じて良かった〜、って何処で降ろしてんだよ!!
ラオスの長距離バスはトゥクトゥク代も合わせて+20000Kで計算した方が良い。後、くれぐれも油断は禁物である。
結局今回は

1人40000K 計80000K − 死にそうになる + 命拾い&良い経験 

の節約となった。
 


2007年 5月 3日


ここにきたら絶対いったほうがいいと言われていたタット カン シーへ、ヴァンヴィエンでのツアーで一緒だったメンバーと再会しTukTukをチャーターして行った。最初はバイクを借りて行くつもりだったのだが、バイクはどうやら貸し出し禁止になったらしい(でも街中で少数だが外国人パッカーが乗っているのを見かけた)。
揺れるわ揺れるわ、かなりキツイでこぼこ道。しかし着いた先で

ベトナムのハロン湾ツアーで一緒だったメンバーに再会!!

タットカンシー

こんなところで出会うとは本当になんてアメージング。
街中でもバスでもない滝つぼで!!
二人は先に到着しており、すでに5回も滝つぼへロープダイブしていた。もちろん我々もダイブ。滝がこれまたキレイでマリンブルー。しかしなぜかところどころクリーム色だったりする。滝つぼで飛び込むとかなり冷たいが気持ちいい。
周りはちょっとしたジャングルみたいになっており、トラや熊がケージ内で飼われている。
もっと上にのぼっていくと、よくラオスのガイドブックに載っている滝になる。

しかしホント1日中いたくなるようなところだった。
今回は乾季だったため滝からの水が少ないそうだ。雨季になったらもう一度来たい。
 


2007年 5月 2日


いろんな人と再会して楽しかったヴァンヴィエンからルアンパバーンへ移動の日。前日、再会したベトナム人のチョウが我々と同じくローカルバスで行くと言う。時間を尋ねると「12時くらいって聞いたよ」との答え。
朝になって飯も喰ったし一応バス停で聞いてみるか〜と思い行くと、VIPバスの時間しか書いていない。切符の販売員に聞くと

「あーそれヴィエンチャンからルアンパバーンまで行くバスだから、

停まるかもしれないし停まらないかもしれないなあ」

おいおい、1日1便しかないんだろ?じゃあ停まらなかったらここでもう1泊なのか?
このローカルバス、人がいっぱいだったらなんと停留所をスルーするらしい。あわててVIPバスの時間を確認すると10時出発。9時55分にそのことを聞かされた我々は、ホテルまで結構距離があったにもかかわらず、
「いつも出発が遅れるからもしかしたら間に合うかも」
と大急ぎで引き返した。荷物を持ってぜえはあ言いながらバス停に着くともはや出発しようとしているように見える。手を振って合図するとなんとか乗せてくれた。しかし結局我々がバスに乗ってから30分ほど発車せず、結局出発したのは11時近くだった。

悪路とは聞いていたが行けば納得の道。親切な日本人が場所をかわってくれたので、2匹でちょこんとバスの最後尾に座ったのだが、揺れるわ揺れるわ座席から飛び上がって天井にアタマぶつけるくらいの振動。(ちょっとオオゲサ) 
それもそのはず、ラリーのコースか?と思うほどのものすごい山道を越えて行くのだ。

ローカルバスで7時間、VIPバスで5時間かかるといわれていたのだが、結局着いたのは5時すぎ。しかも停車場が街の中心から6km離れているのでTukTukを拾うしかない。着いた時間が遅く疲れていたため、日本語を話せる客引きの人に勧誘されるままホテルに宿泊。
やたらと日本人を見かけたがそういえば日本はゴールデンウィークだった。
毎日ホリデーなんで気付かなかったわ。
 


2007年 5月 1日


ヴァンヴィエンは遺跡めぐりといった観光ではなく、大自然を眺めながら楽しむというようなレジャー専用の街であった。
この街にきたら絶対やった方が良いと言われたケーブトレッキング&カヤッキングツアーに申し込むことにした。
ベトナムのハロン湾ツアーでツアー会社に散々な目にあわされた我々だったので、ツアー開始直前までかなりビクビクしていたのだが、これが大当たりを引いてしまった。

AM9:30に当ツアー受付事務所に集合頂き、トラックにてヴァンヴィエン北側にある洞窟まで参ります(お泊り頂いておりますホテル前でのピックアップも可能です)。洞窟に到着後、先ずエレファントロックと呼ばれる鍾乳石で出来た奇岩をご覧頂き、洞窟内の寺を見学いたします。その後、川の流れる洞窟に移動し、ゴム製のチューブに乗り、洞窟内を探検致します(1時間程度)。
ケーブチュービングが終了致しましたら昼食(チャーハン,フランスパン,BBQ)となります。
昼食後30分ほど休憩頂き、トラックでカヤッキングのスタート地点に参ります。
ナム-ソン川を7kmほどカヤックに乗りながら、休憩地点まで下ります。休憩地点ではビール、コーラ)をお飲み頂けます。また敷設の飛び込み台や川べりで遊ぶことも出来ます(40分程度)。
休憩後、ヴァンヴィエンまで4kmほどカヤックで下り、解散となります。
(解散時間はPM4〜5;00頃を予定致しております)

※英語スタッフがご案内致します
※ミネラルウォーター(ペットボトル)はフリーとなっております。また、余ったミネラルウォーターはお持ち帰り頂けます
※ウォータープルーフパック、ライフジャケット等は無料でお貸し致します

値段的にも内容的にも大満足なのだが、泊まっていたホテルが水シャワーしか出なかったため、途中から曇りになって寒くてガクブルだった我々にとってはかなり厳しかった。
また、街で2000Kで売ってる水がタダだったので帰りに余分に頂いてきた。

ケーブチュービング
皆からはぐれると真っ暗なので心細い・・・
  


2007年 4月 29日


ビエンチャンから北にあるヴァンヴィエンに移動することに。
電車が存在しないラオス国内の移動はバスが基本になる。
バスのグレードにはローカルとVIPが存在し、快適性を選ぶのであれば当然VIPとなる。
ハノイ→ヴィエンチャンの地獄のバスに同乗しお菓子をいっぱいくれた韓国人のユーンが『もうローカルバスはありえない!!絶対VIPバスに乗ったほうが良い!!』と強く推薦してくれたのだが、半額以下の値段に目を奪われたのでローカルで行く事に。

かなり快適!!

移動時間が短いからもあるが、人もそんなに乗ってなかったし何しろ道が楽しいので全然ストレスを感じずに乗れた。

着いた先のヴァンヴィエンだがどこかで見た風景・・・中国の陽朔!!
恐る恐る街の中に移動すると、いたるところに『Hispeed Internet』の看板があり、なかでは外人がパソコンと向き合っており、レストランやカフェには外人がたむろしており、レンタバイクやチャリに乗った外人がブラブラ散歩していた。こちらも陽朔同様、バックパッカーの巡礼地のようだ。しかし飯の値段や物価は我々にとっては鼻血が出るほど高い。
長居する予定はないものの、結構きついかも。

象の移動
象の移動
  


2007年 4月 26日


ビエンチャンに来て、最初に感じたのは空が非常にきれいということだった。

ラオス 青空
 
空が青いのは勿論なのだが、透き通るくらいの青。また、雲も様々な種類の形で存在しており、それが常に新しい形を形成していく為、見飽きることがない。
ビエンチャンの寺院はほぼもれなく金色・赤・白・・・と非常にカラフルなのだが、その建造物と空の景色がまた驚くくらいマッチして見とれるほど美しかった。

ラオス 夕焼け

極め付けが夕焼けの空である。

泊まったゲストハウスからの眺めが非常に良かったという事もあるのだが、夕日は特に美しかった。ビエンチャンには見所の寺院がそれほど多いわけではない。しかし、寺院(勿論街の景色も含め)と空の景色のコントラストがすばらしく、それが常に変化していく為、気が付いたら何十枚も同じ場所写真を撮っていたりする。

なーんて、キモイ?
たまにはこんなブログもいいんじゃね?
 


2007年 4月 25日


中国の長距離バスは居心地が非常に良かった。安いバスでも水やお菓子は付いてくるし道路状況は悪いがある程度寝ることが出来た。しかし、ベトナムの長距離バスは事情が違った。まずシートがありえないくらい狭い。シートの間が30cmくらいしかない。たったままでも寝れるという特殊能力を持つ我々ですらあまりの狭さと息苦しさに出発当初閉口したのだが、その状況下でも次から次へ人が乗ってくるではないか。そうこれは

中国での南昌→広州の電車(硬座)と全く同じなのである。

22時間・空調無し・排気ガスがすごいので窓を開けることが出来ない。しかも直行便のツアーバスのはずが、しょっちゅう停まって荷物を積み下ろしする。しばらくすると我々のバックパックはバスの下の荷物置き場から取り出され屋根の上へと積まれ、変わりに何に使うのか分からない石灰岩みたいなでかい岩が後生大事に積まれていくではないか。その後も雨が降ってんのになぜか汚いダンボール箱などが優先して荷物置き場に積まれてゆく。
車内はいつの間にかソファーのようなものが積み込まれバスの一番後ろのスペースに座席が出来ていた。もちろん通路にも風呂イスが並べられて人がびっしりと埋まる。しかもその風呂イスに座っているやつが人の太ももを肘掛代わりに手を置いてきたので足を動かして振り払うと睨まれた。な、なんでよ?とりあえず寝れば何とかなると信じ国境まで睡眠。

しかし国境ではベトナムでの最後(おそらく)の試練が待っていた。パスポート審査である。
出国カードに必要事項を記入し窓口に出して10分、20分・・・・いつまでたってもパスポートにスタンプを押してくれない。
それもそのはず外国人は全て後回しで後から押し寄せてくるベトナム人を優先的にスタンプしているのだ。しかも受け取る時に何故かベトナム人は10000ドンを握り締めていた。
係官がパスポートの名前を読み上げ、何かを請求するしぐさをする。そうすると次々とベトナム人が10000ドンをパスポートと引き換えに渡していくではないか。
1人10000ドンでおそらくこの国境を越える人間は今日だけで3000人近くはいるだろう。
そうすると3000000ドン:約24万円!!(1日)

ちなみにイミグレで対応している人間は5人ほど。ついこの間のツアーで『ベトナムはプアーなんだよぉ、3500ドン稼ぐのも大変なんだよぉ』とほざいてたガイドの顔が目に浮かぶ。
いま、プアーな国のはずのベトナム人がありえないくらいの札束を手にしてるんだぞ、

っていうか賄賂とってんじゃねぇよ!!

(しかも外人料金:15000ドン)
同乗した外人は国境でかなり絞られたようでなかなか帰ってこず、かなりグロッキーになっていたがまだここは折り返し地点。結局2時間くらいを国境でつぶした。
そこからは排気ガスくさくはないものの窓を開ければ熱風,閉めたら灼熱地獄でかなり厳しい道だったが、ベトナムを抜けれたという意味の分からない安心感でなんとか意識をつなぎとめたのであった。なるほど、直行便なのに22時間かかる訳だ。

『あのバスはホントに地獄だった』と同乗の韓国人ユーンがつぶやいていたのが印象的だった。
 


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