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2008年 9月 4日


ラマダン再び

イスラマバード
これまでのパキスタン感を吹き飛ばす先進国の町並みのイスラマバード

イスラマバードに着いたので、ぶらぶらと町を散歩する。9月下旬とはいえ、日中は結構暑く、喉が渇いてきたのでジュースを飲むことにする。
ラマダン中なので気を使って、店の前でジュースをコソコソ呑む。と、サラリーマン風のおじさんが弁当を持って現れ、ジュースを買いながら『君達、ラマダン期間中なんだからそんなにおおっぴらに飲んじゃいけないよ』と言ってきた。

ジュースを飲んでいるネコ達
えっ、あんたムスリムなんだよね?なんで弁当とジュース買って食う気満々でいるの?イスマイリー派(フンザ地方に多い、イスラム教でラマダンをやらない派)じゃないんだよね?
『僕は今から、ホテルのルームで食うからOKなんだよ』
っておい!!お前はラマダン中だろうが!?

暫く歩いて、ビルが立ち並んでいるエリアに辿り着く。
と何気なく見たレストランに午後3時OPENと書いてある!!すげー、ラマダンのこの時期にこのレストランは開いているのか!!
しかもなんと後15分で開く!!
3時直前になって,ものすごい数の市民が店の前に集まってきた。さすがにイスラマバードは首都だし、他の国籍や宗教の連中もいるんだしラマダンやってる人とやってない人がいてやってない人は食べるんだな、と勝手に想像する。

店がOPEN。カウンターに並んで買い、食べようとすると、警備員があわてて寄ってきて『ここで食べちゃ駄目だよ』という。

えっ?どういうこと?

『もし食べるんなら、あそこにテントがあるからそこで食べて』
と、近くにある駐車場の端っこにある汚いテントを指差す。よく見ると、店内で飯を食っている人はおらず、大量に買い込んだ飯を持ってそそくさと去っていくではないか。なるほど、テイクアウトして人から見られないように家とかオフィスで食うのね。
っておい!!お前らはラマダン中だろうが!?

仕方なく我々はどうみても警備員が昼寝する用のテントで食事をさせてもらった。夜が明けてからなにも食べてない人用のためか、ライスの量がハンパなく多い。

外ではだめだけど、隠れて食べたらセーフ。って、そんなん唯一神アッラーは許してくれるの? 
 

 

2008年 9月 4日


ペシャワール

治安的に良くない印象が強い町ペシャワール。テロだらけのこの国に1ヵ月半近くも滞在しているけど、そういう町には特に長くいたくないので、当初から1日で抜ける予定だった。
しかも、泊まった宿が大中小さまざまな大きさと種類を兼ね備えたゴキブリハウスだったので、なおさら居たくなくなった。

ペシャワール博物館
ペシャワール博物館
ラホール博物館が思ったより非常に良かったので、ここペシャワール博物館もいいだろうとすごく期待して行ったのだが、結果撃沈。写真撮影代がなぜか入館料の2倍もする意味の分からない料金設定にもびっくりだが、展示品も2,3点以外はぐっと来るものがなかった。

仏舎利容器 断食のシッダールタ カラシュの木人
左からカニシカ王の仏舎利容器、断食のシッダールタ、カラシュバレーの木人

PESHAWAR4.JPG - 20,439BYTES
えーっと・・・バザール?
泊まった旧市街全部がバザールみたいな感じで、ごちゃごちゃしていた。電化製品、食べ物、フルーツ、衣類、宝石系等、なんでも手に入りそうだった。ラマダンじゃなけりゃ適当につまみ食いして、ジュース飲んで、と楽しそう。

歯型
色んな歯型。差し歯屋(歯科技巧師?)も多かった

その他は・・・見たいところが無いや。
結局我々としては『治安的に居たくない町』から、『大した見所が無い上に治安的に居たくない町』へと評価が変わった。
※以前は銃工場やチャラス工場や派手バス&トラックのパーツ工場とかいった、『やや危なめ』なところを見学できる通称ババジツアーがあったそうだが、現在政情不安定という事もあって催行していないとの事。どちらかと言うと、そっちに行きたかったな。
 

 

2008年 9月 4日


ロワライ峠

チトラールと他の地域を隔てるもう一つの峠がロワライ峠である。標高だけでいったら、前回チトラールに来る際に通過したシャンドール峠ほど高くは無いのだが、問題は峠道である。

ガイドブック
ガイドブックの写真にある九十九折に続く峠道はそりゃもう見るだけで、酔いそうな感じ。

チトラール〜ペシャワール直行便のバスがあると聞いたので予約したが、やはりというかただのハイエースだった。これまでの例に漏れず、詰め込めるだけ詰め込むので、峠で誰か吐いたら被害は甚大。

ROWARAI1.JPG - 20,097BYTES
おおー、これがヘアピン峠!!

これまで見たどの峠とも異種な峠道。ヘアピンの数から言うと『いろは坂』を抜きそうな数で、段々畑のようにも見える。
吐きそうにひどいでこぼこ道ではないが、果たして車が頂上まで無事に登りきれるのか不安になる(実際何台かパンク停車していた)。
※チトラールトンネルプロジェクトなる看板が見え、実際にトンネルが掘られていた。計画では鉄道がどうのこうのとも書いてあったので、そのうち開通するのかも。

ROWARAI2.JPG - 19,875BYTES
ディール方面から見た峠。峠を越えると普通(?)の峠道になる。ちなみに全工程の半分近い時間を峠越えに強いられる。
 

 

2008年 9月 4日


カラシュバレー

ネコがパキスタンでどうしても行きたかった場所のひとつであるカラシュバレー。
アレキサンダー大王の末裔とも言われており(実際は違うそうだが)、女の人は独特な民族衣装を今も普段着として着ている。
KARASH0.JPG - 20,311BYTES
女性の民族衣装

女の子男の子達
女の子は民族衣装だが、男の子はシャルワル・カミーズ
写真をとろうとすると逃げていく女の子多し

KARASH2.JPG - 20,202BYTES
バラングルーの村。家は木と石で作られている

『ゲストハウスの二階から近隣の家を覗けるため、カラシュ人の生活が丸見えでおもしろいという噂のバラングルーゲストハウスに宿泊。もちろんむこうも同じように外国人の生態観察をしている。

いつもネコとリスとTUTOMU君と3人で日課にしている?ビリーザブートキャンプをやらないと、と思ったのだがやる場所もなかったので、カラシュ人の生活が丸見えの、我々もカラシュ人から丸見えのテラスでやることにした。最初は地味にやっていたのだが、子供達がたくさん集まってきてじっとこちらを見ている。そんでは期待にこたえないと、とビリーからラジオ体操まで色んな体操を見せて『everyone!!』と叫んでいると、子供達が一緒になってやってくれた。それに気をよくした我々3人は組み体操も披露。けどこれはあんまり好評じゃなかった。どうやら筋トレじゃなくてダンスしていると思っていた様子。

KARASH3.JPG - 20,135BYTES
とにかく胡桃が多い!!収穫時期(?)なのか至る所で天日干しされており、おすそわけをよくくれる。が、歩いていると上から胡桃が直撃して痛い。
 

 

2008年 9月 4日


ラマダンの夜

チトラールの町
昼のチトラール

今年のラマダン(イスラムの断食月)は9月1日から始まっていたのだが、イスラム教の中でも戒律の比較的ゆるいイスマイリー派がマジョリティーを占めるフンザエリアに長く滞在していたのもあって、それほどラマダンを身近に感じる事はなかった。
というよりはラマダンがイヤでなるべく北での滞在期間を延ばしていたのだ。
しかし、ここチトラールではとうとう恐怖の?ラマダンを体験。

朝飯を全く食べていなかったので、着いて早々宿のレストランで何か食べようとすると、『ラマダンだからやっていない』と言われる。仕方なく結構高級そうな(外国人も泊まるっぽい)他のホテルに聞くも全て閉業中。
仕方なくそこらで買った揚げ物とお菓子で飢えをしのぐ事に。

そして夜・・・

日の入り=断食終了なので、飯屋を探しに外に出る。と、

ラマダンな夜
なんじゃこりゃ!!

どいつもこいつも自分が食うために店を全部閉めており、停電も重なって、町は完全にゴーストタウン(商店の明かりだけがわずかに燈る)。しかも飯屋に行っても、もう終わったよと言われる。どうやらみなさん待ち構えていて一斉に食べちゃう様子。時間的には断食終了時間から30分も経ってないはずなのになんでもう終了なんだよ!!
仕方なくそこらで買った揚げ物と、たまたま開いていたスープ屋とお菓子でしのぐ事に。

・・・ひもじすぎる。
 

 

2008年 9月 4日


チトラールへ

マスツージまで来たのはいいけれど、そこからチトラールへはバスなど無く、ジープのみ。それもそのはず、マスツージにかかる橋はジープギリギリのサイズしかないので、バスが通れないのだ。
朝、ジープを待つ。しかし、待つ場所が悪いのか、来る車来る車、人が満載されており、乗るスペースなど微塵も無い。今日はひょっとして駄目か?と半ば諦めていたところ、ネコとTSUTOMU君がジープを発見。

・・・荷台?幌無し?

未舗装路を突っ走るので、寒いのと埃と横揺れに我慢しながら乗る(縦乗りで酔う事は滅多にないが、横乗りだと高確率で酔う)。

途中の景色
途中の景色はなかなかきれい。でも、我々+2名くらいで採算取れるの?と心配していたら、次から次へと人が乗り込んできて結局、我々の後に8人くらいが車の後ろに掴まって来た。

マスツージ→チトラールのジープ
・・・心配して損したよ。ていうかきついなぁ。
 

 

2008年 9月 4日


シャンドール峠

各種ガイドブックに、通り抜け難易度が高いと書かれている、ギルギットとチトラールの間にあるシャンドール峠。だったのだが、NATCOからギルギットからシャンドール峠を越えてチトラール手前のマスツージまでのバスがほぼ毎日1本出ているという。ヒッチで行くのが難易度が高いということなのか?
ギルギットから少しづつ刻んで行っても良かったのだが、時間もあんまり使いたくないので、このバスで直行でマスツージまで行く事にする。

バスからの景色1 バスからの景色2
峠の近くまでは舗装された道が続いており、快適。
途中、キレイな湖とかがあって泊まれば良かったと後悔。
ただ、ラマダン中で飲み喰いしないため商店によるどころかトイレ休憩も無く、女性にはなかなかしんどいドライブ(最初で最後のトイレ休憩はマスツージ直前)。立ちションタイムは取ってくれるが、ストイックなムスリムは唾ものみこまないで吐いてしまうそうなので、あんまし出すものもなさそう。

シャンドール峠
シャンドール峠。標高は富士山と同じくらい。夏にギルギット対チトラールのポロの最強試合が行われるらしい。雄大な景色なのだが、こういうのに見慣れすぎたせいか感動は薄かった

検問
とにかく多かった検問。しょっちゅう名前を書かされる。しかも検問所によってフォームがバラバラで統一されていない。前に記入した外国人はなんと名前に『マイク』としか書かれていなかった。どこのマイクさんだよ!!
マスツージに着いたのは午後8時頃。聞いていた予定時間より1時間半も早かった。ラマダンなので、途中休憩が無かったせいだろうけど、ありがたいのかどうか微妙。
 

 

2008年 9月 4日


漫画

シャンドール峠に向かうので、お金と装備を補給するためにギルギットに行く。フンザエリア最大の町と言うだけあって、本当に何でも揃いそうな感じだった。

ギルギットの町
埃っぽい印象の町

そして、ここには日本食が食べれるゲストハウスがあるとの事で、久しぶりの日本食に飢えていた我々は、吸い込まれるように行った。
ゲストハウスの名前はツーリストイン。過去に日本人オーナーが経営していたとかで、ギルギットでは有名な宿。でもオーナーが変わってからは味が落ちたとかで我々が旅人から貰ったガイドブックに赤字『マズイ』の一言が書かれていた。えぇーいマズイだろうが何だろうが、日本食が喰いたいんじゃい!!

しかし、そんな事が度外視される事態が発生。

3度の飯より好きな漫画がいっぱい!!!

漫画じゃないのー!!
くはー、これはやられたー

定番の美味しんぼ、ゴルゴから始まって手塚治虫系列にその他シリーズもの各種。これだけで1週間は滞在出来そうな勢いではないか。しかも小説、雑誌と読み飽きないくらいある。
1週間は滞在しなかったけど、(読書のために)予定より1日だけ延泊しました。

おくら丼
ちなみに日本食もそこそこ美味しかったです
 

 

2008年 9月 4日


ラカポシトレッキング

トレッキングは得意ではないが、折角ここまで来たんだし、フンザエリアのお手軽トレッキングコースで色々な旅人の評価が最も高い、ラカポシ山BC(ベースキャンプ)トレッキングコースにTSUTOMU君とカリマバードで知り合ったKOJI君と4人で行く事にした。

出発点はカリマバードから少し南にあるミナピンと言う村。

ミナピン ミナピンの子供
のどかでいい感じだが、ガキんちょはスレていた。たまに『ハロー!!』の掛け声とともに石を投げられる

橋
出発地点から少し進むと木の橋が見えてくる。ここからが本番スタート。

最初の登り1村のおじさん
最初の登り。結構きついが始まったばかりなので、『ふーんこんなもん?』と余裕をかます(後に後悔)。

途中にある山小屋
一つ目の登りを登りきるとなだらかな道、と思いきやまたまた登り。角度的には大したことはないのだが、最初の登りの疲労が蓄積されているので意外にきつい。ここら辺からだんだん無口になってくる

羊
大きな山小屋に到着(夏の間は人が住んでいるのかも?)。そのまわりにある草原と羊とヤギの群れ。気分的にはアルプスの少女ハイジ。でもいるのはムスリムのおじさん3人。親切にも落ちていた木を加工して杖を作ってくれた

最後間近
急な登り。角度的にも疲労度合いからも死にそうにきつい。

ラカポシを臨む 氷河
ラストスパート。少し登ると、巨大な氷河が見える。

ラカポシとネコとリス ラカポシ
到着!!

景色はすごくいいんだけど、BCからは氷河とかが全く見えないので残念(少し登ると見える)。初めて見ると絶景なんだろうが、パスーとかウルタルとかで氷河を見慣れてしまっている感もあって、それほど『おぉーっ!!』という感じはしなかった。
ここで夜空を見る予定だったので、テント泊することに。ふもとのゲストハウスで頼んでおいたので、BCには管理人が来ていて、すでにテントを貼ってくれていた。氷河も近いし、標高も高いしでやたらと寒い。寒さに弱いネコとリスは景色を眺めるのもそこそこに、早々とテントに引きこもって寝袋に包まっていた。

寝袋で昼寝
結局4人で昼間っぱらから寝袋に包まったものの、曇りでテントが日陰に入るととても寒い。こんなんで夜大丈夫なんだろうか?
と、とても不安になる。BCの管理人も『お前ら何しに来たの?』と思っていたに違いない。

夕飯を食べ終わる頃には、BCの周りはかなり冷え込んできた。なので、キャンプファイアーであったまる事に。各自適当に集めてきた薪に火をつける。

キャンプファイアー
キャンプファイアーと月

いい感じ!!こんな時にサツマイモとかジャガバターとか食べれたら最高にいいのになぁ・・・ジュルリ・・・おぉ、いかん涎が。あんまりにも寒いのとその場のノリでBCの周りの薪(勿論落ちている奴)を次から次へとくべて2時間近く、キャンプファイアーを楽しんだ。

キャンプファイアー後暫くはあったかく過ごせたが、すぐに極寒に。星をみるためにテント泊にしたのに、あまりの寒さに『キャンプファイヤーのときに見たからいいよな、うん』と言って、ガチガチいいながら4人で固まって寝ました。
 

 

2008年 9月 4日


ジーンズ

ラホールからラワールピンディに向かう鉄道の中で急に破けてしまったリスのジーンズを買い換えるために(イスラム圏なので肌を露出してるとモスクに入れなくなったりするため)、カリマバードの近くのアリアバードに古着を物色しに行く。
ジーンズが破けてからというもの、手持ちのパンツがインドで買ったヨレヨレの綿製パンツと短パンのみだったので、トレッキングの時にトゲトゲの草に刺されまくるわ、夜は寒いわで困っていたのだ。
見るもの殆んどが変なポケットや刺繍がついており、日本人から見るとかなりイマイチなものばかり。軍パンでも良かったのだが、見つからず。古着屋にある軍パンは欧米人が売って行ったような、ものすごいでかいやつしかなかった。そこでジーンズを古着で探すか、と言う事になった。自分のファッションセンスに全くの自信を持っていないリスなので、リスのファッションアドバイザーのネコと、スペシャルファッションアドバイザーのTSUTOMU氏がその中からチョイスしてくれる事に。

選ぶポイントは
・ストレートであること(インド、パキスタンはブーツカットがお好き)
・ぴちぴちしていないこと(インド、パキスタンではただでさえ細いのにぴちぴちしたジーンズで足長を強調するのがお好き)
・刺繍や変な切り替えが入っていない事(中国、インド、パキスタンではアルマーニやベルサーチのパチものロゴ入りであるばかりでなく、とりあえず刺繍やロゴや何か入っていないと気が済まない)

その結果選ばれた『NY JEANS(ニューヨークジーンズ)』なるメーカー(メキシコ製)を試着してみる。当然試着室などなかったので、仕方なく短パンの上から履いてみる。

ネコ『おっ、腰パンにすれば結構マシじゃない?』
TSUTOMU『いいんじゃないの?』

うむ、二人がマシという事は、なかなかいいって事だよな。よし買おう!!
これで、ようやく念願のジーンズを手に入れたー、と思ってウキウキしながら帰って、早速着てみる。

ジーンズ
・・・あれ?なんかおかしくない?

個人的にブーツカット型のジーンズは好みで無いので、今回チョイスしなかったはずなのだが、どう見てもブーツカット。しかも腰周りが異様に膨らんでおり、股上がこれまた異様に長い。イメージ的にはものすごく太った欧米人のおばさんが着ていた感じ。
これってどうなのよ?とネコとTSUTOMU君に聞こうとして振り返ったら、大爆笑中。・・・おいコラ!!

もう一度買いに行くのもうざったいので、仕方なくはいていたらパキスタン人にまで笑われる始末。早く買いかえてぇー!!
 


2008年 9月 1日


氷河を食す

カラコルムハイウェイのすぐ近くにあるパスー氷河。カリマバードのウルタル氷河は黒かったので氷河っぽい感じがしなかったのだが、これはイメージ通りの氷河な上、本当に手が届きそうなくらい近い。

パスー氷河

ただ、登るのには少し厄介な場所があるとかで、前述の教授の紹介で(本当にありがとうございました)、ガイドを付きで登る事に。実際登ってみるとそれほど厄介な道ではなかったのだが、道が少々分かりにくい。やはりガイドがいるとと登る効率が段違いで良く(楽な道を知ってるせいか)、それほど疲れることなく氷河に到達。

間近のパスー氷河
生まれて始めての氷河上ウォーキング。クレバスに落ちるのをもの凄く心配していたが、意外に氷河は固く、それほど危険な感じはなかった(勿論ガイドがいたからかもしれないけど)。ただしさすがに氷の上、滅茶苦茶寒かった。登ってる最中暑くて脱いだ服を着込んでもまだ寒かった。そして・・・

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やっぱりやっちゃいました、氷河食

ネコの感想
いやー意外においしかったです。ていうか無味。砂とか泥がたくさんついているのでじゃりじゃり言うので、食べる時に気をつけて下さい。

翌日おなかは痛くならなかったので、多分大丈夫なはず。
 

 

2008年 8月 31日


夜宴

前述の教授に誘っていただいた打ち上げに参加させていただく事に。地元の人を呼んで一緒に食事をし、唄ったり踊ったりするらしい。
羊を丸焼きにする、と聞いていたので、肉に踊りにと期待感が増す。

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なんと映画でみるような焼き方の羊の丸焼き、豪快

羊に鳥にとお肉をたっぷり食べさせてもらい、その他色々ご馳走になった後、村人による楽器の演奏とそれにあわせて村人の踊りが披露される。独特の踊り方で、リズムをとるのとステップがなかなか難しい。が、だんだん学生も先生も!参加していき、たまらなくなったネコとリスも踊りに参加。イスラム圏で女性が男性の前で踊るなんてことはないだろうけど、まあそれは日本人だからいいじゃん、と結局残りの日本人女性2人も参加して、みんなで踊りまくってました。

あー、本当に楽しかった。誘ってくださった教授、学生の皆さん、本当にありがとうございました!!
 

 

2008年 8月 28-29日


パスー

これまたお手軽な日帰りトレッキングができるというユンズバレーを目指して、パスーへやってきた。
こじんまりした村でのんびりできそう。

PASU5.JPG - 20,242BYTES

と、たまたま宿の正面にある売店にものを買いに行こうとした時に、日本人の団体さんに声をかけられた。良いレストランを知っているかどうか聞いたところ、なんとジープにのっけてもらえることになった。連れて行ってもらった先は、パスー1高級な宿。レストランの値段を確認し、食べるのを諦めていたところ、チャイをおごってもらってしまった。うう、スミマセン・・・。

みなさんは大学生で研究室の教授の調査に同行との事。特に物欲しそうな目をしたわけではなかった(つもり)だが、なんと具付き味噌汁(!)という海外では激レアアイテムまで頂いてしまった(これがまた最高にうまかった)。話を聞くとどうやら調査最終日に打ち上げ会をやるとの事で、教授自ら招待して下さり、さらに日本から持参の本格的なコーヒーまでご馳走になってしまった。そのうえ、ユンズバレーのトレッキング(ガイド付き)にも同行させて頂けるとのこと。なんて幸運!!

PASU2.JPG - 15,266BYTES 吊橋を渡る地元のおばさん
パスー近郊にある吊橋。踏み板が木の棒でマジで怖い

次の日、先生のところで知り合った旅人の日本人女性TOMIさんと4人でここの名物?である吊橋を渡るトレッキングに出かけたのだが、これがなかなか恐怖感をそそる。地元民はスルスルと歩いているのだが、ところどころ木の板が外れていたり、1メートルほどなかったりする。TOMIさんがこの時点で帰る事になったので、とりあえず4人で行く事にした。渡りきって対岸へ。途中で知り合った地元の人が村まで案内してくれた。

ものすごい感じのいい村で、景色をたのしみながら歩いていたのだが、いけどもいけども2つ目の橋が見えてこない。途中『道を確認してきます』と言って走っていったTSUTOMU氏がいなくなってしまった。走っていったので、途中でひっくりかえって頭打って倒れてるんじゃないかと心配し、3人で大声で呼びながら探すも見つからず。だんだん夕暮れが近づいてきたので、これ以上の捜索は断念することに。きっとはぐれた事に気付いて2つ目の橋のところで待っているだろうと信じて、進むことにした。途中農作業中の地元の女性に道を教えてもらいついていくと、

いたよいたよ、笑顔で写真を撮っているTSUTOMU氏が

なんとか無事4人で2つ目の橋を渡り(1つ目の橋より長かった!150メートルくらい?)、途中りんごなどをもらいながら宿についたのでした。はあ、マジで心配したわぁ。

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宿の屋上から見る、プラネタリウム状態なパスーの夜空。今まで見てきた中で抜群にキレイだった
 

 

2008年 8月 25日


フンザ

パキスタント北部州。世界第2位の高さを誇るK2をはじめ、ヒマラヤの巨峰を前に、あるときは岩場を、あるときは雪道を、あるときは氷河の上を歩き、トレッカー達が素晴らしい景色を見るために常に挑戦をしているエリアである。

といっても我々はヘタレなので、山の中テントを建て、自炊し、寝袋で寝るなんていうハード(?)なトレッキングではなく、宿から日帰り出来るお手軽コースで十分。今回泊まったフンザエリアの村カリマバードには、そんなお手軽トレッキングコースが何箇所かあり、その中でもメジャーなウルタルBC(ベースキャンプ)をチョイス。

朝8時、同じくウルタルを目指す日本人と総勢4名で向かう。うち1人は前々回一人で行って迷い、前回は我々と行ってやはり迷い、なんと三度目の挑戦。というのも、ふもとにかいてある『ウルタルはこちら』という看板通りに行くと、今は道がふさがっておりいけなくなっているのだ。しかも地元の人に聞いても、みんなてんでバラバラな方向を指差す。今回は我々も二度目の挑戦ということで、情報収集してから向かった。

果樹園
おっさんの私有地のため、みつかったら50ルピー払わないといけないという果樹園を見つかることなく無事に抜け、前回とは対岸の道を歩く。

水路
水路を抜け(落ちたら多分即死)

前回とは対岸にあたる、こちらの道がおそらく正しい事は前回にも途中で気付いたのだが、その時は行けなかったのだ。間に川が轟々と流れており、岩をわたって対岸に行こうとしていたところを地元のおじさんに見つかり『そこはあぶないからいっちゃならねえ』としきりに言われたからだ。もう少し上流からなら余裕で渡れそうだったので行きたかったのだが、少し前に欧米人が転落死しているらしく、おじさんは我々を心配して『帰んな!!』としきりに言い、我々が立ち去るまで見守っていた。


岩場と氷河
岩場を登る

途中氷河の脇を通ると聞いていたので、真っ白いすごいのを想像していたのだが、真っ黒で氷河っぽくなかった、残念。
岩場を登りきると、ようやくBCへ!!

氷河
本当だったら、ウルタル峰を含めた7000m級の山々に囲まれたすごい景色が見れる筈なのだが、残念ながら雲にかかって見えなかった。ただ山からほぼ垂直に落ちる氷河や、雪崩を見ることが出来、これまで見たことの無い景色に感動。
良く考えたらこんなお手軽日帰りトレッキングでこの景色ってすごいなあ(とは言うものの日ごろの運動不足で結構しんどかった)。

晴れた日にもう一度登りたいなぁ。
 

 

2008年 8月 24日


値上がり

多くの旅人が、パキスタンで一番いいところは北部州でのトレッキングだと言っていた。そんな訳で、我々もラホールを抜けた後は一路、北部州を目指した。首都イスラマバードの南にあるラワールピンディから、毎日バスが出ているというので、バス停まで向かう。ふむふむガイドブックによると〜850パキスタンルピーとな・・・。少し高い気がするが距離もあるしこんなものか。

ネコ『バスチケットおくれ』
おじさん『1370ルピーだよ』
ネコ『2枚の値段?』
おじさん『違う違う、1枚1370ルピーだよ』
ネコ『え”っ?』

最初は絶対ぼられていると思っていたのだが、どのバス会社もプライス表に1370という数字が踊っていた。これ一応出てるガイドブックで最新号の筈なのに、値上がりしすぎじゃない?
後で聞いたところ、パキスタン国内の原油と穀物が急激に値上がり(約2倍)したそうで、転嫁という形で運賃が上がったらしい。

と言うことで泣く泣くバスに乗る。超値上がりしたくせに、荷物を屋根に載せる時、荷物代を請求される。ふざけんな!!
一応バスはAC付きだったが、道があんまりよくなく、ゆるーい振動がずっと続くような状態で、これまでインドで乗ってきたようなガタガタバスよりもかえって酔ってしまった。

NATCO1.JPG - 20,307BYTES NATCO2.JPG - 19,934BYTES
今回利用した有名会社NATCO(ナトコ)のバス群。乗ったバスはキアなのか日野なのか良く分からないメーカーのだった

しかも、乗車時間は〜19時間と書かれていたのだが、途中、バスの運ちゃんがしんどくなったためか停車して睡眠をとったので、ほぼ丸一日かかった(でも我々はまだいいほうで、崖崩れ除去作業のため、30時間以上かかった人もいた)

古い情報は役立たない事が多いけど、たった2年でここまで劇的に変わるってのもある意味すごい。
 

 

2008年 8月 23日


パキスタンの時間

パキスタンと日本の時差は4時間(GMT+5h)で、サマータイムは無い。どのガイドブックにも書いてある事であり、我々も疑うことなく、インド(日本との時差3時間半)から抜けてきた時に、時計を30分巻き戻した。

しかし、ラホールの宿で、他の旅行者の時計時間が違う事に気付く。
他の旅行者の時計は全員日本との時差が3時間になっていた。よくよく見ると、宿や店、その他公共機関全ての時間が日本との時差3時間で設定されているのだ。
北京時間しか設定していない中国ならいざ知らず、インドから経度的に西に来ている筈なのに、なぜ時間が巻き戻っているんだ?

どうやらほとんどの旅人がおかしいと思っているようで、現地人に意見したらしく、その答えとして
証言1『どうやらオールドタイムとニュータイムというのがあって、ニュータイムは時差が3時間だそうです』
証言2『どうやらパキスタンにもサマータイムがあるそうで、サマータイムは8月のみだそうです』
証言3『フンザとかの北部州ではこの時間を使っていなかったです』

どうなってんの?
うーん、もう訳が分からん。

そもそもサマータイムを導入するほど緯度が南でもないような気がするし、実際日の出と日の入りがあってない(時間に比べて遅い)と思うんだけど。それにもまして、インドよりも時間が早いってのが感覚を狂わす。

で、こちらに長く滞在している日本人のかたに話を聞くと、6月頃からサマータイムが導入されている模様(でも何月までかは分からない)。

でも電車とかバスとかの発車時間は結局1時間ほど遅れるので、あんまり変わらなかったりする。
 

 

2008年 8月 22日


ムヒ

アムリトサルで南京虫っぽいのにやられ、全身痒い痒い病で苦しんでいたところ、親切な日本人TSUTOMU氏が液ムヒを貸してくれた。当初は返す予定だったのに、全身やられていたため、結局丸々1本恵んでもらってしまった。『返さなくていいよ〜』と言ってくれたのだが、旅先でのムヒは貴重なので、フンザで必ず返す約束をしてムヒを待つことに。
が、日本からの支援物資を待ってはや7日。ムシャラフ政権が倒れ、総選挙前の爆破のニュースが流れ、実際に道を封鎖して爆発物処理班がきてるのを目にしていた我々は、一刻も早くラホールの町から抜けたかった。なのに荷物はなかなか届かない。
同じ時期に宿に来た人達はみんなどこかに抜けてるのにー!!

パキスタンのポスト
パキスタン郵便のマーク。何気にかっこいい

あと、気になっていたのがパキスタンの関税。パキスタンの関税は高いと言う噂で、電化製品と化粧品に関しては関税が100%かかっていたそうなのだ(今現在どうなっているかは不明)。同じ宿に泊まっていた日本人の方が日本から受け取ったCD(音楽とかじゃなく写真DATA)5枚でなんと160ルピーも取られていたので、送られてくるのがムヒとかガイドブックとか単価は高くないんだけど、いったいいくら取られるんだ?と不安になった。

宿のおじさんの話だと、ギフトと書けば、送る品物の金額のトータルが5,000パキスタンルピーまでは関税がかからないそうな。じゃあなんでCD5枚(しかもDATAで)でそんな取られたんだ?ムヒだけだけど、一体うちらの荷物はいくらの関税がかかるんだ!?
ガクガクブルブル・・・

・・・40ルピーでした。(でも日本のタバコを送ってきた人の箱には2500ルピーもの関税がかけられていた・・・)

壊れ物は運ばれたくない
パキスタンに限った事ではないんだろうけど、精密機器が入ってようと、割れ物注意と書いてようとポンポン放り投げられて、床にガシャーンと投げ捨てられておりました。郵便局内の50mの道を運ぶのに3回も荷物を落としてたし。
あけてぶっ壊れていたらさぞかしショックだろう・・・。
  

 

2008年 8月 17日


ラホール観光

荷物受け取りのためにラホール滞在を余儀なくされている我々。あんまりにも暇だし、折角来たんだしという事で同じ宿に宿泊していたKENさんと3人でラホール市内を観光する事に。
それにしてもラホール市内はすごい空気が悪い。旧型のリクシャーが多く走っているためか、排ガスのせいで遠くが霞んで見える。バングラデシュ以来の空気の悪さに鼻と目がついていかず、ティッシュ多用。
排ガススゲー
すごい排ガス

断食するシッダールタ 博物館天井のサイケな絵
ラホール博物館
ガンダーラ美術の最高傑作といわれる、断食するシッダールタ。日本の教科書でもよく出てくるこの彫像のオリジナルが見れるという事でかなり期待していたのだが、想像していたよりもかなり小さかった!!
でも博物館にあったその他の展示品は保存状態も良く、入場料も良心価格で大満足。

バードシャヒー・モスク
バードシャヒー・モスク
インドのデリーにあるジャマー・マスジットと同系の巨大なモスク。世界最大級の規模らしいが広いのは中庭で、内部は意外に狭かった。デリーのそれは、入場口で変なおっさんが『カメラ代200インドルピーを寄こせ』とあんまりにもしつこかったので入場を断念したのだが(撮らないからカメラしまうといってもだめだった)、ここは靴代2パキスタンルピーのみでたっぷりと観光する事が出来た。礼拝というよりは昼寝している人が殆んどで、なんとなく和む。

ミナーリー・パキスタン
ミナーリー・パキスタン
上記モスクから見えるパキスタンの塔。周りに観覧車とかあるので、ランドマークというよりは遊園地のアトラクションの一部のように見える。地元の葉書にも写真がよく使われているが、各ガイドブックに何の説明もされていないのが気になる。

ラホール・フォート
ラホール・フォート
インドのデリーで同じムガル帝国の要塞、『ラール・キラー』に250インドルピーも払って入って、しこたま後悔したのが記憶に新しく、どことなくガッカーリな予感がしたので入らず。どうなんでしょう?

モスク頂上
ゴールデン・モスク
インド アムリトサルで、ゴールデンテンプルを見ているので、それと同じようなのを期待して行ったらすさまじい肩透かしを食らった。これがゴールデンならタイの寺は全部ゴールデンじゃあ!!・・・度肝を抜くくらい小さいです。

ワジルハーン・モスク ワジルハーン・モスク ミナール
ワジルハーン・モスク
これまで見てきたモスクの中でも異色なモスク。至る所にモザイクがあり、非常にカラフルでネコのお気に入り。でも残念な事に建物の保存状態が悪く、至る所で絵の欠落や壁タイルの剥げている。さらには地下の棺のようなものがおいてあるところにつれていかれ、バクシーシを強要してくる管理人がいる。

アイスクリーム屋
アイス屋
宿の近くにあるアイス屋。女性がいるとクーラーガンガンのファミリーブースでアイスを食べる事が出来る(男だけの場合ファンルームとなります)。2カップ(Sサイズ)で20パキスタンルピーと値段も良心的で、味も量もGood!!

なかなか楽しかったけど、観光だけなら1日でおなか一杯かな。
 

 

2008年 8月 16日


イラニアンビザ ドットコム

ラホールで知り合った日本人の多くがイランビザをどうゲットするかで悩んでいた。というのも、インドでは日本大使館が(陸路入国の場合)レターを発行してくれないので取得不可、以前簡単に取得出来ていたバングラデシュでも最近はたらい回しにされた挙句取得できなかったそうなのだ。ラホールでなんとか取得(予定)した人も、

申請 → 7日 → 面接 → 10日※1 → 取得
※1 2週間近くかかる場合もあるとか

と最短で計17日待ち+3回大使館・領事館に足を運ばないといけないそうで、かなりハードっぽい。しかも2週間待たされた挙句とれなかった人もいるようだ。どうしようかと悩んでいたところ、同じ宿のフランス人が『みんなインターネットで取ってるよ』と教えてくれた。

インターネット? 何それ?

どうやら、とあるホームページで、パスポート番号やら旅行予定等を入力すると、その会社が代理でビザ申請に関する手続きを代行してくれるというのだ。ビザ取得までの待ち期間は7-10日(特急も可能)で、連絡を受けた日付以降に、あらかじめ指定した大使館・領事館にIDナンバーを持っていけば、ビザをゲットできるらしい。ただ、手数料として、ビザ代のほかに30ユーロかかるとの事。
パスポートを預けなければならない窓口手続きと違って、その間は不安無く自由に行動できるし、大使館・領事館に足を運ぶのは1回でいいし、普通に申請するよりもずっと楽っぽい。

早速試そう!!と思ったが、入金の方法(ネット銀行振り込み※2)が結構めんどくさく、しかもかなり低確率だが失敗する可能性もあるらしい。そうなった場合、返金してくれるのかどうかの記載が無い上、FAQもイラン国内に関するもの(イランの食事は辛いですか?とか)ばかりでビザ申請に関する具体的な記載が少なすぎる。
※2 銀行のアカウントを作成する必要がある

ちょっと胡散臭いが、実際ゲットできた人もいるので、多分これで取れるのだと思う。でも意外と面倒臭いなぁ。
他にも同じようなサイトが数種類あるらしく、値段も同じぐらいであるらしい。色々吟味してみてもいいのかも。

で、我々はどうするかというと・・・どうしようかネェ?

一応載せときます
イラニアンビザ ドット コム HPアドレス
http://www.iranianvisa.com
ロンプラのHPには『やめとけー』っていう書き込みもあり。そちらも参照ください。
  

 

2008年 8月 14日


スフィーナイト

金曜日はムスリムの安息日。なので、木曜日は我々でいうところのサタデーナイト。彼らも我々と同じようにサタデーナイトをフィーバーするようだ。
宿で毎週木曜に企画されているスフィーナイトライブ。どうやらドラミングにあわせてダンシングするといった内容のものらしい。良く分からないけどタダで見せて貰えるなら行くしかないだろという事で、参加した。
モスクの隣の敷地に案内されると、すでにライブは始まっており、男ばっかりが寿司づめ状態で中央のドラマーが叩いている音楽を聞いていた。人を掻き分けながら、とりあえず座れる場所を確保する。

スフィーナイト
しばらくすると、まわりの連中がおかしい事に気付く。目がトローリとして、タバコを吸いながらボーっとドラムの音を聞いている・・・ってチャラスかよ!!
よく見るとどいつもこいつもすでにキマっており、数人以外はドラムを聴いているというより夢心地を楽しんでいるように見えた。
勿論、我々はチャラスどころか喫煙も出来ないので、副流煙にむせびながら聞く羽目に。でも、ムスリム国家の息抜き?みたいな場に参加できた事は貴重な体験だった。ドラムも良かった・・・。
でもさすがに煙いし、国境抜けてきたばかりでしんどいしで1時間程で帰宅。

LAHORE22.JPG - 14,937BYTES
ありえない速さでヘッドバッキング(というよりは横回転)しながらノッていたムスリムのおっちゃん
脳みそがそのうち耳の穴から飛び出ると思った

ちなみにこのライブ、午前5時頃までやっていたようで、最後なんかは超絶技巧のドラマーが登場し、一同圧巻の状態だったという。うーんやはり最後まで見たかったかも。
   


2008年 8月 14日


パキスタン入国

パキスタンに入国するにあたり、我々には一つ気がかりになる事があった。

それはこれだ!!
ビザ
ビザシールの端っこに書かれている文字をご覧下さい

バングラデシュでビザをゲットしたのだが、入国予定に陸路(ワガ国境より入国)と書いたにもかかわらず、こんなスタンプが押されていた。同じバングラデッシュでとった人に、『こんなん書いてあんの知ってる?』と言われて、初めて気付いたのだ。普通に考えると、空路もしくは海路のみ入国OKと取れなくも無いのだが、空路入国はお金がかかるので当然無しだし、ましてやもう一度ビザを取り直すなんてありえない!ということで、このビザのまま陸路入国が出来るか試す事に。

色々チェックされると聞いていたインドのイミグレは問題なく抜ける事が出来た。さぁいよいよ問題のパキスタンイミグレだ!

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左に見えるのが国旗降納式のための観客席
何でか知らないけど、国旗の降納に国の威信がかかってるとかで、毎日ど派手な応援合戦を催行しているらしい

カスタマー『日本から来たの?』
ネコ『はい』
カスタマー『コンニチワー、ウェルカム。初めてのパキスタン?』
ネコ『はい』
カスタマー『この後、国旗降納式があるから、このイミグレを抜けたら、またぐるっとまわって観客席にいきなよ』

・・・終了。っていうか荷物チェックも全く無し。おそるべしジャパンパスポートの威力。
しかし、この国境メジャーなルートのはずなのに、このタイミングで抜けたのは我々2人のみ、通過外人のトータルも10人に満たないものだった。両国のイミグレもがらがらで、本当に両国民が利用しているのか不思議なくらいだった。

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インド側からみたパキ国境の門(ちなみに道路真ん中の線が国境線)

パキスタン側の国境にはありえないくらいの人が詰めかけていた。前記した国旗降納式に参加する人々のようだが、それにしても数が多い。国旗持ってる奴は勿論のこと、フーリガンよろしく顔中にパキペイントを施した連中も多数いた。

どこから見ても乗ってる奴の国籍が分かるバイク
ラホール街中に移動しても、カズーや笛を吹きながら、パキスタンの国旗をバイクや車に掲げている連中ばかり。なんなんだこの国民は!?常にこんな愛国心丸出しの感じなのか?と思ったらリクシャーのおっさんがその理由を教えてくれた。

記念集会に集まる人々 少年と国旗
え?インディペンデンス・デイ?独立記念日?なるほど、そういうことかー!!

まさか、独立記念日に移動する事になるとは!!今まで地方の祭りに縁のなかった我々としては、ある意味ラッキー?だったのかも。

ラホールのロナルド・マクドナルド
とりあえず、らんらんるー!!
 


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